第168期 #5

蝉時雨、最後の夏

蝉時雨が、聞こえない。

そう気が付いたのは、ついさっきのことだ。そういえば、もうしばらく蝉のなく声を聞いていない。この前まで鬱陶しいくらいだったのに、聞こえなくなったら結構さみしいものだ。

もうすぐ、夏休みが終わる。
今年の夏は去年よりだいぶ暑かった。でも、八月二十八日、昨日は少し肌寒いくらいで、クーラーをつけずに一日生活した。

蝉の命は、七日間だという。人間の命はどれくらいだろう。大体八十年とか、日本人だとそれくらいかな。そんな中の、貴重な、とても貴重な二カ月。

私は、この二カ月にあったことをすべて覚えている。


七月のはじめに、病気があると知った。胸が痛くて病院に行ったら、入院を勧められた。一カ月入院して、とりあえず退院。だけど私は知っている。毎夜、両親が泣いていることを。そして、その理由が、たぶん、私の人生の短さを嘆いてだということを。

もうすぐ死ぬのだ、と根拠もなく確信したときから、世界が違って見えた。蝉の声が聞こえなくなったなんて、去年の私なら気づかない。去年の私なら、今日の肌寒さなんて良かったくらいにしか思わない。

去年の私なら、きっと、病気になるなんて思ってもいない。


窓の外に、入道雲が見える。光り輝く庭のひまわり。ああどうか、私、あのヒマワリが枯れていくのを、せめて見届けられたらいいのに。




同級生たちと一緒に、中学校生活最後の夏休みを消費していく。私たちは、人生を消費していく。その中で、いつか、もういなくなった蝉たちみたいに、思いっきりないてみたい。

「生きたいよ」、って。



Copyright © 2016 雨森 あんず / 編集: 短編