第168期 #16

西武新宿ペペ下

 処方された錠剤が原因か性欲の減退を感じていた。杞憂か。服用後に飲酒して喫煙すると眼前がゆらめかされるようになった。未曽有のことだ。新規の経験を観察できるから有意義ではある。性的な感度が低下していた。恋人との行為の最中で状態が悪化し中断せざるを得なくなっていた。胃が荒れていた。翌朝になって恋人の部屋から逃げだすようにしていま土曜日の日暮れを迎えつつある西武新宿駅の灰皿が設置された場所にたたずんでいる。足元には赤茶色のタイルがあった。
 行為の曖昧な終了により自信を喪失していた。日常を浮遊するように生活して心躍らせてはならない道理が確固として存在しない。一人で楽しむ方法はいくらもある。耳につきさしたイヤフォンで友人が規制楽曲をマッシュアップした音楽を聴いていた。
 灰皿置場の十メートル先に西武新宿駅へ接続しているエスカレータがあった。その下に五十名超の学生が蝟集していた。一人がプラカードを掲げていた。「早大テニスサークル」とあってその下に横文字が書いてあった。横文字は読めなかった。かたわらから声が聞こえた。
「津田塾二年のタカハシアミカです。アミカって呼んでください」よろしくお願いします云々。インターカレッジサークルのようだ。挨拶を受けた男子学生は「さっきアカちゃんて言われてたのが聞こえた」とアミカの方を見ずに言った。
 心が躍っても顛末は結局は無為だった。愉快と不愉快のカタログを閲覧しているだけだ。常にひどく困惑した気分でいるようで落ち着かない。
 ここは新入生歓迎会のコンパの集合場所なんだろう。嫉妬を感じていた。女性は慶応大生ともっとも肉体関係をむすびたいらしい。有名大学が羨ましかった。モレスキンの手帳を開いて昨日に小説から抜書したものを読んだ。青いゲルインクのボールペンで書いた文字だ。『殺意と殺人の違いはどこにあるのか? 思念はうつろい、行為は永久に残る。なんとうまくできた話ではないか? 行為にみちびいた情念はとうに消え失せ、ことによると正反対のものにすり変わっているかもしれないのに、行為の結果は厳然と残る』
 先程に歌舞伎町を煙草の自販機を探し歩いていたら所持品検査を受けた。鞄の内容を調べられた。あれは本当に警察だったのだろうか。奴隷は買主に従う限りは幸福で買主は狭い世界であれば奴隷にとっては完璧な存在として君臨できる。テニスサークルの列は靖国通りに沿って進み始めていた。



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