第168期 #12
できるか。長男の肇は訊いた。アナグマと同じ。次男の中は答えた。三男の光宙は倒れている女をしきりに気にしていた。
頼むぞ。わかった。肇と中は男の死体の足首にワイヤーをくくりつけ、ぶら下がり健康器に逆さまに吊るした。
まず血抜きをしなくちゃ。中が男の首に刃を当てたが肇がそれを制した。中、それをやる意味は。中は手順を改め、腹に傷をつけ背のフックを傷口に当てた。随分上からやるんだな。黙っててくれ。中は一呼吸で腹の皮を切り裂いた。腹から灰色の内臓がぼろんと飛び出した。棚の上に仔猫がいた。
必要なのは顔の皮だけだぞ。そうだった。中は眉間に皺を寄せた。とにかく内臓をどかそう。血も抜かないと。中は首に刃を立てて動脈を裂き、肇はホースで床を流し、光宙は女を車の中に寝かせた。女の身体はまだ柔らかく、洗剤と香水のいい匂いがした。
二人は血抜きもそこそこに内臓をポリバケツにまとめた。中は首周りに切り込みを入れ、スキナーで皮を丁寧にこそいだ。
ガレージの後ろでは車が激しく揺れていた。なにをしてるんだ。肇は訊いた。せっかくだから。光宙は答えた。もう大人だ。中が口を挟んだ。だな、よし、やれ。肇は許可した。棚の上に仔猫がいた。
兄ちゃん、手伝ってくれ。中は首の皮を力強く掴んでいた。肇も皮を掴もうとしたが、水で濡れた手ではまったく力が入らなかった。兄ちゃん? 大丈夫だ。中は皮をめりめりと剥がし、肇はナイフで肉ごと乱暴にこそいだ。ガチャガチャな切り口だった。棚の上に仔猫がいた。
そして皮は遂に剥がされた。ほぼ同時に部屋の後ろで光宙が艶っぽい雄叫びをあげた。
『さあ光宙、被れ』
二人は剥がしたての皮を光宙に手渡した。ありがとう兄ちゃん達。光宙はよろこんで皮を被った。どうかな。すっかり一人前だ。三兄弟は絆がより深まったように感じられた。
肇と中は実の兄弟だが光宙は違う男の種だった。彼らの母は光宙の父と蒸発し、三兄弟は父親に虐待されて育った。あるとき光宙に対する父親の暴力が度を超えた。兄二人は弟への暴力を許さなかった。父親は現在、埋まっていたり餌になったり下水を流れたりしている。知性ではなく彼らは自らの尺度に忠実であることで障害を結果的に乗り越えてきていた。
こうして彼らは車と自由とを手に入れた。次に彼らは光宙の父親探しの旅に出る。自立した三兄弟の初めての共同作業だった。空には仔猫に似た雲が浮かんでいる。