第167期 #5
「あの人」に毒された母親のお遣いで、崇はスーパーへ来ていた。
六歳の腕力に余るオリーブオイルが満載された買い物カゴを引きずり、レジに辿り着いた崇の目に妙な物が飛び込んできた。レジ横のガムの棚にスーパーには似つかわしくない手書きのポップがついている。
『ゲキカタ注意報! 歯根に自信のない人は絶対に買わないで!』
崇は急いで油を一本戻し、そのガムをカゴに放り込んだ。
駐輪場。苦労してオリーブオイルを自転車のカゴに移し終えた崇はガムの封を切った。
――さて、お手並み拝見
二粒取り出して口に放り込む。一粒だとなんとなく物足りないのだ。
――お、これは……
売り文句通りにガムはかなりの固さだった。噛み始めて程なく、全ての歯にガムが絡みつき動かなくなった。
――俺を、舐めるなあああ!!
渾身の力を顎に込め、崇は口を開く。
「うおおおお!!」
口いっぱいに、鉄の味が広がった。カツンと音を立て、ガムがアスファルトに落ちる。ガムには、20本の歯がひっついていた。
――――!!
声にならぬ叫びを上げ、その場にうずくまる崇。その時、周囲が暗くなった。
顔を上げると、金髪を逆立て筋肉質な上半身をむき出しにした、要は北斗の拳のザコみたいな大男が太陽を背に立っていた。
「ボウズ、俺にもそのガムくれや」
「えも、こえ……」
全ての歯を失い、崇はうまく喋れない。
「心配すんな。俺の歯根は地下千メートルまでガッチリ根付いてるんだからよ」
男はそう言いガムを拾い上げた。
「おっ、こりゃ、なかなか……うおっ!」
崇同様、しばらく噛むと男の咀嚼が止まる。
「くおおお!!」
男は己の歯根に全てを懸ける。その時、地面が小刻みに震えだした。
「おおおお!!」
男が口を開く。歯は抜けていない。だが。
スーパーを中心に、南北一キロに渡る地割れが発生した。
崖っぷちで腰を抜かす崇。オリーブオイルの瓶が落ちて砕け、全身油まみれだ。傍らには北斗ザコが倒れている。
「アハハハハ!」
周囲に女の笑い声が響く。半壊したスーパーの入口に、店員のババアが立っていた。
「大地の封印は解かれた。大魔王の復活だ!」
ただならぬ気配に目をやると、奈落の底からドス黒い瘴気が立ち上っていた……。
崇はその後、オリーブの勇者に覚醒し魔王を倒す。そして北斗ザコの正体である大地の精霊の力で、早すぎる二十八本もの永久歯が生え歯並びがガタガタになるのだが、残念がら紙幅が尽きた。