第167期 #4

"@**** たのしんで!"

 霊柩車を思わせる黒いワゴン車の後部座席で恵は梱包用フィルムで拘束されていた。転がされた恵にはタイヤがアスファルトを擦る音と自分の呼吸、頭に被せられた黒いポリ袋が膨らんで萎む音だけが聞こえていた。
 本当は。男が言った。袋の口をもっと強く締めるんだ。そうすれば目的地に着く頃には死んでいて、とても合理的なんだ。
 だが私は。男は続けた。これ以上彼らに付き合うことの合理性に疑問をもった。
 車はカーブに差し掛かり、恵の身体は遠心力に引きずられた。
 君は三人目だ。だが彼らは義理を盾に私を使い続けるだろう。だから。男は云った。合理的な判断を下す瞬間はありふれていて、今がそれなのだと思う。
 男は沈黙した。恵は黙って呼吸を続けていた。男は一呼吸おいて尋ねた。いま解放したら君は私を殺すかい。恵は呼吸を弱めた。否定も肯定もしなかった。男は言った。私が彼らを殺すことはお互いにとって合理的だ。それに対象は私一人であるほうが君にとっては合理的だろう。どうかな。恵は頷いた。
 恵は速やかに解放され、男に金を持たされた。そして車はもと来た道を戻って行った。恵はホームセンターに向かった。何かの事件に巻き込まれたとひと目でわかる姿だった。

 男はアパートの床に跪き、塩素系漂白剤で血だまりの痕跡を拭っていた。一人は絞殺に成功したが、もう一人には刃物を使わざるを得なかったためだ。男は合理性に欠けてしまったことを自省していたところだった。不意にアパートの扉が開かれた。そこにはスレッジハンマーを担いだ恵が立っていた。
 まだ処理が終わっていない。男は言った。恵はそれを無視して通り過ぎ、床に並んでいるかつて恵をさんざん嬲った今は転がる死体に過ぎないその男達の前に立った。恵はまず男達から着ている服を全て剥ぎ取り、尿道に串を突き立てて勃起に見立て――怪訝な表情を浮かべながらも手を貸そうとする男をたびたび制しながら――それらをお互いの口に含ませて性交中の体位に固定した。そしてスレッジハンマーで杭を打ち、二人を分かち難いひとつの存在にした。
 いくら。恵は訊いた。男は合理性に欠ける恵の判断を嘆いた。恵は答えた。私にとってこちらのほうが合理的だ。男は提案した。処理を手伝うなら割り引くよ。恵は頷いた。二人の合理性が一致した瞬間だった。恵はスマホを取り出して作品を撮影した。
 男は訊いた。何をしているんだ。恵は嬉しそうに答えた。復讐。



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