第167期 #10

いつまでも君であれ

大きな伸びをして、目覚まし時計を叩いて止める。時刻は午後7時5分。体を起こして暫くそのままでいると、うっすらと太鼓の音が聞こえてきた。今日は祭りの日だ。夕飯を出店で済ませようと思い立ち、身支度を軽く整え扉を押した。

すると、ゴン、と派手な音がした。はて、扉の前に何か置いてあるのだろうか、と考えていると、扉が勝手に開いていく。怪奇現象だ。恐怖に慄いているうちに女の顔がのぞき、強く睨まれた。冬夏だ。酷いじゃない、と言われた。しかしこちらは外に出かけようとしただけである。当然、怖いのですぐに謝り、機嫌を直した冬夏とリビングに戻った。祭りは無視である。

僕と冬夏は高校生の頃からこうだった。文化祭の日にはふたり揃って部室にこもってとりとめのない話をし、修学旅行の自由時間では小さなお寺の椅子に座って空を眺めた。そんな枯れ老人のような僕らだが、文芸部なだけあって、愛の囁きは割と詩的で情熱的だ。当時高校生だった冬夏の告白はこうである。

一生貴方だけ。なんて宣うには、随分色んな事を知り過ぎた。心は移ろう。どれだけ決心しようとも。でも、言わせて。本当の本当に私の一番は貴方だけなの。

真顔で、しかし熱のこもった瞳で告げられ恥ずかしさでいっぱいになりながら返した僕の返事は、

たとえ何年経って、君から何が欠けようとも、僕は貴方を愛し続けます。である。

僕はこの返事を9年たった今でも後悔している。人生最大の汚点だと言っても過言ではない。はぁ、とため息をつくと、どうしたの、と問われた。眉間を手で揉み解しながら、自分の残念さについて考えていただけだよ、と告げ、僕ってなんだろうね、と呟いた。すると、彼女は僕の手を握って言った。

もしも貴方が、中身が無いと嘆くなら、私はその空白の空間を見つめ続けてみせよう。もしも貴方が、醜く汚いと嘆くのならば私はその歪んだ箱を、悍ましい内容物をも愛し続けてみせよう。それで良い。どんな君でも良い。傷ついて飛べなくなったら、戻っておいで。茶ぐらい出すよ。

優しく微笑んだ冬夏は台所へ向かった。あぁ、と思う。彼女には敵わないな、と笑みを零し、それでこそ彼女だと思った。

お茶を淹れて戻ってきた冬夏に、箪笥の鍵のかかる段から、指輪を取り出し、捧げた。

何年経って君から何が欠けようとも、僕は貴方を愛し続けます。貴方が貴方である限り

彼女は輝くような笑みを浮かべ、はい。とだけ言って指を輪にさしいれた。



Copyright © 2016 風花 立花 / 編集: 短編