第166期 #12
がるがるがるーは夏を知りませんが、春に生まれた子どもや秋に死んだ猫のことは知っています。空を飛べる動物が忘れた頃にやって来て、がるがるがるーにいろんなことを教えてくれるのです。
「この家に来ると、俺はいつも歓迎されてない気がするね」と空を飛べる動物は言いました。
「気のせいよ」とがるがるがるーは言葉を返しながら、ついさっき動物が入ってきた窓を閉めました。「きっと寒さのせいで、楽しいことを思い出せないだけ」
部屋の温度計はマイナス273℃を指しています。この温度になると世界が完全に動きを止めてしまうのですが、その温度が上がらないように冬の家を守るのががるがるがるーの仕事なのです。
「じつは君に夏の手紙をあずかっていてね」と空を飛べる動物は言いながら、手紙を差し出しました。「夏の物をうっかり冬の家に持ってくるのは危険だけど、1万年かけて凍らせてきたからね」
がるがるがるーは湯気の立つコーヒーをテーブルに置くと、胸に手をあてて呼吸を整えました。
「はじめまして。わたし夏子です。
でも、わたしは夏が嫌いです。
でも、夏しか知らないから、それが嫌いかどうかなんてほんとうはわからないことです。
だから、もしあなたのことをいろいろ知ることができたら、夏のことや自分のことも違うふうに思えるかもしれません。
だから、思い切ってあなたに手紙を書くことにしました。
ところであなたは、わたしと同じ女の子なんですってね!
わたしとはまるで逆の冬の家に棲んでいることや、世界を凍らせるための温度を守っていることも動物にききました。
きのう夢の中で会ったあなたは、とても物静かで、きれいな金色の髪をしていましたね。
春に生まれた子どもや、秋に死んだ猫も一緒でした。
わたしたちは夢の中でいろんなことを話したのよ。
季節と温度を守る理由とか、嘘と秘密の違いとか。
でも目が覚めると、氷が溶けたあとみたいに話が思い出せないの。一番知りたかった、あなたの顔もね。
夢の中じゃなくてほんとうに会えたら、あなたの顔を10万年くらいじっくり眺めるつもり。
でもこの手紙を書いてるとね、テーブルの向かいにあなたが座っているような気分になるの。
あなたは温かいコーヒーを飲みながらわたしの手紙を読んでいる。そして空を飛べる動物は疲れて眠ってるの。
夏の家の温度はいま250万℃です。そして世界を燃やし尽くす温度を守るのが私の仕事。」