第165期 #6

ラクダ

 午前中、背中を掻く棒のようなものを探していた。午後一番、小包を持ったキリンはサインを催促しながら、掻きましょうか、と言った。いえ、まだ陽が高いですからねぇ。それに、今夜は満月ですし、月が出るまで、だいたい六時くらいかなぁ、その時間まで待ってもらって。随分待たせるんですねぇ。楽しみは長い方がいいでしょう。まぁねぇ。
 包みの中は死体であった。キリンを促して部屋へ通す。首が天井に当たり、中程で直角に折れ曲がったまま、キリンは出した茶をどぶ色の舌で器用に絡めとるように舐めた。
「どうしてまた、宅配を?」
 わたし、元々ラクダだったんですよ。ある時期からギャンブルに溺れましてね、所謂、依存症ってヤツで。借金返済にコブ売りましてね。豊胸パックに使うんだそうで。フタコブだったんですがね。コブがなくなったのにラクダ名乗るのも気が引けるんでね。それで、顔が似ているキリンになったんです。だから、普通のキリンよりちょっと短いでしょう首が。依存治療が終わって、コンビニで働きはじめたんです。最初は珍しがられて、それなりに繁盛してたんですよ。でも、あるとき、女性客の谷間を覗いちゃって。上から丸見えでしょう。軽犯罪法違反ですよ。動物なんだから、多めに見たっていいじゃないですかねぇ。で、罰金払って、今の職に就いたんですよ。隣の三○三号室、その女の部屋なんです。この意味分かります?

 それからぼくは女の部屋に出向いた。

 ちゃんと言いましたよ。あなたに恨みがあるって。償いにニンジン百本要求しているんだって。ぼくの部屋でね。今。で、断るんだったら、死体にカンカンノウ踊らすって。そしたら、はぁ、この変態、ってドアバタンと閉められてそれっきりですよ。えっ、背中向けろですか。まだ、月出てないでしょう。せっかちですねぇ。
「こいつはキリンさぁ」
 ラクダであったキリンはそう言って、包みの中の死体=キリンを殺してそいつの仕事であった宅配業を奪ったのだと言った。ラクダであったキリンは合鍵を持っていた。それで女の部屋に入ると、ぼくの背中の死体を踊らせながら、カンカンノウ歌えと言う。
「この変態キリンもどきめ」
 女はそう言ってラクダであったキリンの首をへし折った。ラクダであったキリンは「へげっ」と言ってその場に崩れた。
「キリンとラクダは持ち帰ります。だから、ぼくの背中を今すぐ掻いて下さい」
 女の部屋から月は丸見えだ。



Copyright © 2016 岩西 健治 / 編集: 短編