第165期 #16

女神

 他人と住むようにした。男六人で三年前からね。ルームシェアと呼ばれる住居形態。
 最初に問題があった。トイレ後に手を洗わないやつ。ご飯の時にくちゃくちゃするやつ。感じの悪いやつら。最初リベラルぶり、こういうそれぞれの家庭で形成された個性ってものを集団生活では認めあわないとダメだよね、ってみんな我慢。けどこれがまたダメだった。まったくのストレスフル。結局の解決策:お互いの個性の存在を認めるのを止めた。
「俺たちはお前らの個性を許さない」
「むろん俺らもお前たちの個性を微塵も許さない」
 個性終了のお知らせが小学校の教室の昼休憩終了のチャイムのように響く。当然のごとく絶え間なく喧嘩が頻発した。互いの無意識的所作を拒絶するのだから当然だ。
 そしてその緩和策として導入されたのが食事の充実。誰が思いついたのかは忘れた。美味い物を作ってみんなで喰って心を和ませる。それだけ。
 天丼。カツ丼。親子丼。豚丼。他人丼。目玉焼丼。牛丼。ソーセージ丼。洗い物が面倒だったから丼物が多かった。

「憎みあう血縁なんていくらもあるでしょう」四〇歳を過ぎた女が言った。
「はい」三〇歳を手前にした俺たちみんなは相槌。
「そうですね」
「人の闇ですよね」
 彼女はこの部屋で開かれる集団生活ストレス緩和ディナーの最多招待ゲストだった。いつか誰かの友達だった。
「子供を心から愛す母親なんて理想像がさ」彼女は自説を展開。「そういうのがベストプラクティスめいて喧伝されるけど、すべての子育てが成功したのならば世の中に貧困なんてないじゃん」
 年上で、結婚を二度して、そしていま独身で、やたらと自分の思想を語る彼女は、俺たちにとって女神だった。彼女がいる時、俺たちは我を忘れて彼女に夢中になる。なぜなら彼女は構ってやらないと怒りだすので。俺たちの間に彼女の愛がとけこんでいる気がするから。

 新しい家族なのかもしれない。
「新しい家族なのかもしれない私たちは」彼女が言った。「昔、貴重な獲物を狩った時には焚火を囲んでみんなで食事した。その家族の原形に似ているから」
 無闇にあふれだす感覚を論理的に説明するというのはどういう心境なのか。彼女はいちいち小理屈を重ねるが、それは何かから自分を保護しようとするためのバリアなのか。そしてのその理と情同居の違和感がまた、彼女を荘厳する。一切合切がもやかされ、そしてまた、俺たちの彼女に対する性欲をきれいに洗いさる。



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