第165期 #10

水に映る月

Yと知り合ってから17年が経った。
出会った頃から大好きで、その気持ちを手に入れたくて、一度手に入れたけどすり抜けていった。
けれどその後もずっと心に寄り添ってくれている男。

今でも年に数回会ってお酒を飲み、近況を伝え合い、その時の気分で身体を重ねる。

異動と共に少しずつ出世をしているらしく、年々多忙を極めているようだが、約束は何度先延ばしになっても、反故にされることは決してない。

Yは10年前に結婚して、6歳になる息子がいる。
私の前ではめったに家族について語ることはない。
私もいくつかの短い恋を繰り返しているが、そのことをYが尋ねることはないし、私から語ることもない。

見るからに優しい男ではない。時々傲慢な様さえ感じることがある。
けれど、Y以上にやさしい男を他に知らない。
それは、かつて少しでも心を重ねた女に対する、せめてもの思いやりなのか、それとも今でも多少の愛情のようなものを感じているからなのか、私には分からない。
きっとそれは、知らずにいても良いことなのだと思う。

思い描く、理想の男。
美しく、潔く、厳しく、やさしい人。
誰よりも何よりも、特別な人。
私はYよりも特別だと思える人に出会ったことがない。
本当に長く、そしてきっとこの先もずっと、彼に恋をする。

この人と全く同じ人がこの世にもう1人いればいいなといつも思う。
水の中に彼を見る。
やっと見つけた、そう思い、手を伸ばす。
水面は揺れて、彼の姿は滲み、水の底へ溶けていく。
指先にひんやりとした感触だけが残る。
手を伸ばすことはできるけれど、手に入れることは決して出来ないひと。
それでも、その姿は消えることなく、何度でも、水面に映る。
私は何度も手を伸ばし、その心をつかもうとする。
決してつかむことが出来ないことを知っていても。

そうして私はただずっと、夢を見つづけている。



Copyright © 2016 杉 ユリエ / 編集: 短編