第164期 #3
7日目。
彼が好きだったと気がついた。胸が苦しくなった。
6日目。
彼をもう1度見たくなった。彼のあの顔が見たい。
5日目
彼の声が聞きたくなった。小さな挨拶は聞けない。
4日目。
彼のことを考えた。今どうしているだろうか。
3日目。
彼と廊下ですれ違った。今日はまだ寝ていないらしい。
2日目。
彼を目で探していた。彼がいないことを思い出した。
1日目。
彼は教室にいなかった。クラス表に彼の名前はなかった。
最終日。
彼はいつも通りだった。
今日でこのクラスとお別れだというのに、いつもと変わらずにまた寝ぼけている。先生がプリントを配って話をしているこの短時間に、また居眠りをしていたらしい。眠たそうな目を擦る彼を見て、ふと思い出す。いつだか彼の席が私の後ろだった時、彼の寝起きの顔を見るとひどく気分が良くなった。寝ぼけ眼でキョロキョロとあたりを見渡すその姿はまるで子犬のようで、子犬にそうするようにそっと頭をなでてやりたくなった。のんびりとした口調で寝てしまった言い訳を聞くと、なぜだか全て肯定してやりたくなった。決して私から話しかけることは無かったが、授業中に彼のくだらない話を聞くのは面白かった。少なくとも、物理の先生の雑学を聞くよりは何倍も楽しかった。そして彼は話の途中で呂律の回らなくなってきたその舌を一生懸命に動かして、小さくおやすみと言うのだ。その言葉が鼓膜を震わせる度に、私は小さな優越感を覚えるのだ。彼のその言葉が聞こえているのは、今この世界中で私だけなのだと。そして、再び瞼を開いた彼に小さくおはようと言えるのも、世界でたった一人、私だけなのだと。そんな彼は今日もゆっくりとあたりを見渡していた。私の席から離れた彼の言い訳を聞くことは無かったし、あの眠たげな目が私を捉えることもなかった。
8日目。
彼は私のいない教室で今日も変わらずに居眠りをしているのだろうが、彼のいない教室で私は今日から変わらずに過ごせるだろうか。いや、彼がいないとわかった日からもう変わってしまったのかもしれない。こんなにも私は変わってしまったのに彼は変わらずにいるのかと思うと、やりきれない思いが溢れてしまいそうだ。溢れる涙を拭って思う。彼も私がいない教室で居眠りができなくなってしまえばいいのに、なんて。