第164期 #21

鍵垢慕情

 「俺たちだけは違う」と思ってはいたものの、いざ別れてみるとただ女側が就職による環境の変化に伴って他の人を好きになっちゃって、まだ大学院生の男側が振られただけという、本当にどこにでも転がっているようなお話になってしまった。今時Twitterで知り合って、何回か会っているうちにちょっとえっちなビデオ通話とかしちゃってなんやかんやあって身体の関係が先にできた、というのも珍しくもなんともあるまい。なんかただ単に別れただけじゃなくて、そのせいで今までの楽しかった年月さえもが急に一般化されて陳腐化していくような感覚がとにかく嫌で嫌で仕方なかった。
 外に出なくちゃなあ、というなんとなくの気持ちに追われて犬の散歩に出てきた。五月が始まった途端にやたら元気を出してきた太陽で、水の張られ始めた田んぼがキラキラ、THE田舎の良い風景といったところである。
 にしてもなあ、と犬に引きずられながら力なく農道を歩く。こんなに辛いもんかよ。いやいや、こんなに辛いもんかよ! こんなに辛いもんなのかよ!w
 当たり前のようにあったものが消えるっていうのは単純ながらキツかった。暇だからって電話かけて、そのまま何時間も繋いだまま眠りにつくなんてのもできない。そもそも余計なこと考えて夜は眠れないし朝は起き上がれない。家族のことを話す相手がいない。ラスカルのスタンプの使いどころがない。AVにイライラする。何を見てても、してても、どっからでも思い出に繋げられる。キモっ。一緒に遊んだアプリ、褒めてくれた靴下、もらった定期入れの中のジブリ美術館の券、もう着けられないペアウォッチ、いろはすスパークリングレモン――
 自分の失恋に酔っている自分がいるのは間違いなかったが、だからといって酔うしか対策がないのだからどうしようもなかった。ぐるぐる回ったと思ったら犬は舌を出しながらうんこをしている。お前そういえば明日誕生日かあ。捨てられてたお前を病院に連れてったらあー生後一ヶ月くらいですかねどうせならこどもの日にしちゃいましょうかねって決められた誕生日だけど。もう九歳か。そういやこいつ射精もしたことないんだな。去勢も結局しなくてごめんな。まあでも女なんてほんとよく分かんないぞ。結婚したいとか言ってたくせに二週間で好きな人できることある???
 またこんなだ。こんなんばっかだよ最近よぉマジでふざけんなクソが。アーーーーーー♪



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