第164期 #18

 ぼくは岩壁の前に立っていた。
 岩壁の上には女が立っていた。
「まだ一歩も動けない?」女が言った。
「はい」
「どうして?」
「心がくじけてしまって」
 岩壁には鉄製の扉が造りつけてあって、ぼくの目的はその扉の中へ入ることだった。が、前に進むことができないでいる。分厚い鉄扉だからといった物理的な問題ではない。気持ちが立ち向かえない。
「もう何年経ちましたか?」ぼくは女に聞いた。
「生まれてからずっと」
 ぼくは座りこむ。扉には飾りがなく味気ない。誰がこんな扉を。女を見あげた。女は膝丈のフレアスカート。風で布のひだが翻る。ちらちらと太腿が見えた。目的はひとつのくせに逃避の方法はいくらでもある。
 突然、女がぼくに向かって投石した。
 ぼくは座ったまま後ずさり。目の前にげんこつ大の石が落ちた。
「後退した」女が言う。
「危険回避は人間の本能」
「いいえ」女はぼくをばかにしていた。「昔からの動物の本能」
「理屈屋」
「足を見るなよシコシコ坊や」

 強い風が吹く。ぼくはフレアスカートの女からの揶揄の追撃を避けて、背後を振りかえった。後ろを見たのは初めて。目的から目を逸らさぬために前だけを見ていた。だから気づかなかった。背後にも扉があった。
 確信。こちらがぼくの扉だ。
 ぼくは立ちあがり背後の扉へ向かって歩いた。
 扉の上にはプリーツスカートの女が立っていた。
「シャツを脱いで」女が言った。
 ぼくは女に言われるがまま、着ていた被りのシャツを脱いだ。シャツの裾をつかみ、シャツを裏返しながら半裸になりながら真上へ腕を伸ばす。シャツがぼくの顔を覆った。
「そこで止めて、腕をシャツから抜く」
 抜いた。するとシャツがぼくの視界をふさぐ目隠しの仮面になった。
「ゆっくり前へ歩いて」
 簡単なことだった。怖ければ見なければ良い。ぼくはまっすぐに歩いた。

「これで問題ないね」
 想像していたよりも長い距離を歩いた後、プリーツスカートの女の声が聞こえた。扉を開けた手応えはない。実際には存在しなかったものらしい。ぼくはシャツを直した。
 視界が広がる。眼下に、フレアスカートの女がぼくに背中を見せて立っていた。今やぼくが扉の上だった。
 彼女はまだ背後の扉に気づいていないようだ。
「脱げよ」
 ぼくはつぶやいた。練習。いつか彼女が気づいてぼくの真下にある扉の前にやってきた時のための。
 その時に彼女は半裸になってぼくは彼女の乳房を見られる。楽しみだった。



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