第163期 #6
彼はさくら。私はれんげ。
春休みも終わろうとする頃、少し遠いところへ行きたいとさくらが言った。
「遠いところ?」
「どこだっていいんだけど。一緒に来てほしい」
特に深くは聞かずに、いいよ、と答えた。さくらのことが好きだった。断る理由はなかった。
私たちは電車に乗る。とりあえず終点までと決めた。座席の端に座って、流れていく景色をふたりで眺めていた。もう自分の知らない町だった。
「れんげはいいね」
さくらが言う。
「れんげはちゃんとしていていいね」
さくらの言っている意味はわかる。ちゃんとしているというのは、心と体がちゃんとしているといことだ。さくらは体だけが女の子だった。
「いつも考えるんだ。物質的な僕はここにあって、でも意識的な僕もこの体の中に確かにあって、なんだか借り物みたいだよ。体と心、どっちが借り物かわからないけど」
私は黙るいつも何もいえなくなってしまう。伝えたいことはたくさんあるはずなのに。
いつの間にか終点で、車両のなかにはほとんど人はいなかった。ホームに降りると、入れ替わりに人がするりと乗っていく。
「終点だね」
「うん」
さくらの横顔から視線を辿って、見慣れぬ商店街を見下ろす。その脇道には桜が咲いていた。満開だった。安っぽくなると思いながらも、綺麗だね、とつぶやいた。さくらは何も言わずにまっすぐ前を向いていた。私は、心も体もすぐ隣にあるはずのさくらの手をそっとにぎる。彼の指は温かかった。指先に彼の心が詰まっているような気がした。離したくないと思っていてもいつかはこの手を離すときがきっときてしまうんだろう。彼はさくらで、私はれんげ。心も体も別々のふたり。