第163期 #5
このまま溶けてしまいたい。別々のモノが溶けて混ざり合い、二度と分離できない完全な一つになるまで。
彼女は、ただ静かに微笑んでいる。
僕は、不安な気持ちで、彼女の、手で触るとバランスが壊れてしまうような、繊細な横顔を見ている。この不安定な空気はいつか確実なものになるのだろうか。
「もう帰らなくてもいいの。飲みに行くにしても、もうこんな時間だよ。」
「んー、帰りたくない。でも旦那に怪しまれちゃうから、そろそろ帰るね。」
「結婚」という何よりも固い絆で結ばれている夫婦は、果たしてどれくらいいるのだろうか。
誰かが言っていた「結婚とは人生の墓場」や「結婚とは妥協の産物だ」みたいな言葉。そんな簡単で、一時的な結婚に対する説教は、もう聞き飽きた。
「結婚」すると、二人はもう完全な一つなのか。
「次はいつ会える。」
「予定を見てまた連絡するわ。好きよ。」
「うん、おれも好きだよ。」
「不倫こそ純愛だ。」とか「背徳感が二人を燃え上らせる。」みたいな、不倫を正当化する言葉も、聞きたくない。
「じゃあまた連絡するね、今日はありがとう。あなたも彼女に怪しまれない。」
「うん、大丈夫。今日は遅くなるから実家に泊まるって話したから。」
「そう、じゃあおやすみ。」
「おやすみ」。
誰かと付き合う、同棲する、結婚する、子供ができ、そして死んでいく。
僕らはみんな、一つになったという不安定な気持ちを、誰かに証明してもらいたいだけなのかもしれない。
しかし、その「証明」が、次第に足枷となり、嘘が嘘を重ね、溶け合ったと思った確信は、次第に幻へと変わってしまう。
どうせなら、あなたと溶けて、死んでいきたい。それが幻だと気が付く前に。