第163期 #4

私の伯父さん

 母の化粧台には一本のカセットテープが眠っていた。昔はこれで録音していたのだと母は答えて、何が録音されているのかおぼえていないと言った。私は誕生日プレゼントにポータブルカセットプレーヤーをねだった。母は自分が買うからあなたは靴でも買いなさいと言った。
 母はカセットテープを再生した。アコースティックギターの弾き語りで、ぼそぼそと歌ったり叫んだり、プロのものではない男の声が時には音割れしながら小さなスピーカーから流れた。あなたのおじさんだと母は言った。十七歳。その時の私と同じ歳だ。
 クラスメイトの川添くんは「しょうもないゼ」というバンドを組んでいて、私はえみきゅんと二人で川添くんの初ライブを見にいった。ドラムの男子のお父さんも出演していて年齢層は高めだった。川添くんは二番目だった。一番目の人がステージに上がった。椅子にかけてアコースティックギターを構えた。三曲目だった。母とカセットテープで聞いた、デジタルオーディオプレーヤーで今日も聞いていたものをもっと良くしたものを、目の前の人が歌っていた。私も小さな声で歌った。歌詞が所々違った。伯父さんに教わった歌詞はこうだ。

 昼の浮く月が 雲に隠れる
 雨が降る中の 道で濡れている
 今日からきみは 列車に乗って
 どことも知れぬ 荒野をわたる
 ああ 涙は きみと変わらぬ
 ああ 約束は きみと変わらぬ

 夕べに浮く月が 闇にのまれる
 風が吹く中を 涙に濡れている
 今日からぼくは 列車に乗って
 どことも知れぬ 荒野をわたる
 ああ 涙は きみと変わらぬ
 ああ 約束は きみと変わらぬ

 今日からきみは
 今日からぼくは

 ああ 約束は 列車に乗って
 ああ 約束は
 きみと変わらぬ
 ぼくと変わらぬ

 三学期、ライブの打ち上げの帰りに川添くんに告白してふられた。大学には行かずにミュージシャンを目指すと川添くんは語った。私は涙を流してうなずきながら気持ちが冷たくなっていく様を観察していた。川添くんは違うバンドでメジャーデビューした。ライブには行かないことにしていたが、CDを買って応援しているつもりだった。
 引っ越すからと三宅さんにアコースティックギターを譲ってもらった。弦を張り替えたばかりのギターを母が弾いていて、鳴らないながらもそれは伯父さんの曲だった。そして母は伯父さんと「私の伯父さん」というフォークデュオを組んだ。ステージの母を見て父はにこにこしていた。



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