第163期 #18

takeo

口紅を薄く引いたらさようなら、別れ際ぐらいきれいでいたい。
あなたは何か言いたそうな顔、あたしのグラスをじっと見ている。
本当は、あたしだって別れたくない。けれどそれだけつらくなる。
どう転んでもあたしとあなたは幸せになれない。最初からわかっていた、割り切ってつきあうつもりだった、あたしもあなたも。少し深く入りすぎたのよね。こうなる前に別れるべきだった。いけないと気づきつつ回数を重ねた。あたしはあなたなしでは生きられなくなる予感があった。
実際、生きられないから死ぬつもり。
別れた後、そのままどこか高い場所に行って、飛び降りる。
もしくは農薬なんかの毒を飲む。
もしくは鋭利な刃物で手首を切る。
流れの速い川に飛び込む。
腕にいいスナイパーに狙わせる。
すごく熱い中華丼を頭からかぶる。
自ら呪いをかける。
メガンテを唱える。

「リレミトを唱える」
武男?
「毛布で包んで唇を奪う」
武男、あたしあなたがすきですきでたまらないの。
「僕だよひかり」
けれどもうダメなの、このあとすぐに手榴弾を飲み込むつもりなの。
「ひかり、そんな手榴弾に口づけして黙らせる」
もしくは通過する電車に向かって飛び込む。
「そんな電車に口づけして黙らせる」
首に縄をかけてぶら下がる。
「縄に口づけ」
どうしてあたしの自由にさせてくれないの、それならいっそのこと武男を刺す。
「むろん武男に口づけだ」
武男に?「口づけだ」
誰が?「むろん武男が、だ」
武男に?「口づけだ」
どうやって?「まず、片方の武男の注意をそらす」
片方の武男?「そしてもう片方の武男を促す」
うながす?「口づけしてこいよって促す」
さらなる武男!「武男パラダイスさ」
パラダイス?

「さて、武男を口づけで黙らせた武男はかすかに頬を染めているし、口づけされた方もその余韻にひたっている、それを見ている武男は腕組みして満足そうにうなづいている。通りかかった年配の武男は冷やかすし、散歩させていた武雄がふいに糞をしたので、あわてて処理をする。つよい春武男が吹く。すっかり春だなあと武男はつぶやく。ほら、武男がひょっこりと地面から顔を出している。これは卵でとじたらうまいんだぞ、と父武男は息子武男に教えている」

そのパラダイスにあたしはいるの?
「ひかり武男、さあ、おいで」
あたしは、ひかり武男なの?
「こっちで武男、武男武男。武男武男武男」
武男。



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