第162期 #2

伸びーる、伸びーる

伸びーる、伸びーる、豆苗が。5センチ程だったのが今や出窓の上に届きそうな高さ。窓辺とは言え日当たりも悪く換気も水換えもろくにせず、そんな環境でもすくすくと育つ、豆苗。
休職期間に入って2ヶ月が過ぎんとしている。どうやら社会人としての才能に乏しい私は入社1年足らずであっという間に鬱病に。家とコンビニ、定期的に病院を往復する日々である。そんな中、気まぐれに思い立って自炊した時に使った豆苗。根本を水に漬けておくと再収穫できると知り、タッパーに入れてみた。みるみるうちに伸びてゆき、今や食べるのが勿体無いような、立派な観葉植物へと進化した。
ベッドに寝転びながらぼんやりと観察。雑誌や空のペットボトル等が散乱する出窓で、一際異彩を放っている。圧倒的な存在感。昔沖縄旅行に行った際に見たガジュマルという大きな木を思い出す。しかし本当に不思議だ。最後に水を換えたのはいつだっけ。カラカラに干からびていてもおかしくないはずなのに。私はテレビを消して体を窓側に向け、真剣に豆苗を見つめる。
その時覚えた不思議な違和感。伸びている。茎と葉がにゅるにゅる伸びている。今。あれよあれよと言う間に出窓を乗り越え、天井の辺りまで。わあ、凄いぞ。大発見だ。この現象を調査して論文にして発表すれば、もう働く必要もないぞ。
電灯が覆われ部屋が暗くなった。さながら鬱蒼と草木生い茂るジャングル。冷蔵庫、テーブル、テレビ、全てが覆い尽くされて、物という物が竜巻のように絡め取られる。そしてついにその手がベッドまで伸びてきた、これは大変だ。毛布が吸い込まれていく。枕を掠め取られそうになり必死の抵抗。も虚しく、私は体ごと尚も成長を続ける豆苗に吸い込まれ……。
しゃく、と顔のすぐ横にある葉をひと噛みすると、その途端に豆苗は動きを止めた。む。美味い。しゃくしゃくしゃく。食べ進めていくとテーブルに置きっぱなしになっていたマヨネーズが顔を出したので撒き散らして、食べる、食べる。ああ、美味い。そういえば昨日から何も口にしていなかったのだ。しゃくしゃくしゃくしゃく、ついでに物や家具もばりばりがりがり。電灯も、テレビも、カーテンも。
やっとお腹がいっぱいになった頃、部屋はベッドと空のマヨネーズの容器だけになっていた。食べちゃった。全部食べちゃった。満腹で眠くなってくる。ああでも、毛布も食べちゃった。
私は仕方なく部屋を出て、数日ぶりに外へ。



Copyright © 2016 前田沙耶子 / 編集: 短編