第162期 #15
光る矢印が非常口の位置を指示し、やがて照明が落とされると人工の星は不鮮明な光を放ってわたしの前に現れた。
北斗七星のひしゃくのカーブの延長線上にある春の大三角が、底の抜けた闇の中で不確かに漂い続けている。不鮮明な光り方は視力の合わない眼鏡のせいなのか、遺跡から出土したプラネタリウムの設備のせいなのかがわたしには分からない。闇の中で遠近感が思うように調節できないのは、正常なことなのか、それともわたしに訪れた異常のせいなのか。わたしは闇の中で繰り返し交互に目を閉じた。ドームの内側に張り付いているはずの星は、遠近感を失ったわたしの目には手を延ばせば届く距離にも見えたし、実際の星より遥か遠い距離にも見えた。
わたしたちの住む宇宙の中には銀河と言われる星の集まりがそれこそ星の数ほどあります。銀河のひとつ、天の川銀河にわたしたちの太陽系があり、太陽系の中にはわたしたちの地球があります。地球は陸地と海とでできています。地球の様々な場所には様々な生物が活動しています。わたしは日本という一億二〇〇〇万人以上の人の住む国にいて、愛知という七四〇万人以上の人の住む県にいて、一宮という三八万人以上の人の住む市にいます。わたしは今ちっぽけなことを考えていました。わたしは先々月いっぱいで仕事を辞めました。今のわたしは無職です。ろくな就職活動もしていません。わたしたちの住む宇宙の外にはこのような宇宙がまだまだたくさんあります。けれどこれは仮説です。人間にはそれを見ることができないからです。
紙芝居のようなアニメーションはこの世界が何からできているのかをわたしに説いていた。太陽の周りを回る地球を俯瞰で、そして、太陽系を離れ銀河系へと広がっていく映像。さらには、銀河を離れ、別の銀河へと移動して、そんな宇宙が本当はいくつもいくつもあるのだと、わたしには決して見ることのできない果ての世界を想像していく。わたしは光より速いものを見つけた。想像のスピードは速い。これでノーベル賞はわたしのものになり、この一瞬でわたしは宇宙の全部を知り尽くした気分になる。やがて、静かに目を閉じる。
目を開けると体が動かなかった。体と心が一瞬ずれて再起動を繰り返す。こんなときコンピュータなら簡単なのに。
四十五分の上映時間はあっという間に過ぎていった。わたしは係員に見送られ外に出た。寒さが急激に増した夕刻には誰もいない。