第161期 #5

ねえ、スタン

ねえ、スタン、水割りもう一杯ちょうだい、ちょっと薄いの。スタンはいいよね、そのこじんまりしてんのをただ振ってりゃいいんだから。知ってる。ただ振るだけじゃないってことは知ってる。そこにすごい技術が必要なんだってこと、ちゃんと知っているからそれは言わないで。あえて言ってるわけ。スタンが無表情だから、からかってみたくなっただけ。オーケー。そう、まいってる。色々あった。ちょっとやけになってる。アリクイだった。夫がね。そりゃ薄々わかってた。あたしが作る料理もろくに食べずに生のアリを舐めるように見てたし、舌が異様に長くて細いし、毛むくじゃらだし、産まれた子どもがアリクイだったんだから。アリクイに囲まれる日々、わかる?スタン。夫なんてアリクイってことをもう隠してないからね、開き直ってる。いやんなってね、実家に戻ります、って手紙置いて戻ったの。そしたら実家の地下にね、いや、昔から地下があるってことは知ってたんだけど、入るなって先生に言われてて、あ、先生ってのは実家に住んでるアリクイのことだけど。とにかく地下にはじめて入ってみたのよ、ちょっとした冒険心。ちょうど誰もいなくて、することなくてすごく暇だったから。そしたら、池があってね、なんか暑いし、泳ごうと思ったわけ。服脱いで、浸かったらなんか生暖かいのね。そうか、わかった、温泉だ、天然の温泉が家の地下にあったんだ、なんだ、水臭いなあ、言ってくれればいいのに、毎日温泉生活だったのにまったく水臭い水臭い、臭い、臭いなあ、なんか臭いのね、水の臭さじゃなく、獣臭、獣というよりも臓物?そう思うともう臓物にしか思えない、薄暗くってよく見えないけど、なんか漂ってるからそれを手に取ってみると、生首よ。まじで?ってなるわよね。まあ生首って言うけど、生きてないから、首か、首というより首から上の部分か、とか考えてたらその部分、見覚えがあるわけ。誰?って考えたら、おばあちゃん。アリクイのおばあちゃん、会いたかったわ、50日前からいなくなってたけど、こんなところにいたんだね、皮膚もこんなにドロドロになって、柔らかいこと柔らかいこと、まるでクリーム、上質な油でできたクリームよ、お肌にきっといいに違いない。そうかおばあちゃん、私のために上質なクリームに変身してくれたのね、ちょっと臭うけどありがとう、感謝。ねえ、スタン、アリの水割り、今度は濃いの、いただけるかしら?



Copyright © 2016 なゆら / 編集: 短編