第160期 #7

冬の日、昼休み

「よう、マサくん」
後ろから肩を叩かれてびっくりした。振り返ると男がにやにやとこちらを見ていた。その顔に残る面影。声にもどこか聞き覚えがある。
「サトシちゃん」
小さい頃に親友だったサトシに間違いなかった。小学校以来ずっと会っていなかったが、ずいぶん大人になっていてもマサアキには分かった。
「元気だった」
「うん。サトシちゃんこそ何やってたんだよ」
サトシは無精ひげのあごをさわった。服も不潔ではないがぼろが目立つ。
「おれのことはいいじゃないか。マサくんは会社に入ったんだろ」
「うん。どこにでもいるサラリーマンのひとりさ」
マサアキはベンチの背にもたれかかってため息をつく。
サトシもマサアキのよこにすわった。
「いいじゃないか。おれも大企業につとめて出世するのが夢だったのにな」
「大企業ってそんなにいいものじゃないよ。上司は言ってることむちゃくちゃだし、今は業績もわるいから、誰をやめさせるとか誰を異動させるとか、そんなのばっかりさ」
マサアキはまたため息をついた。
「ぼくだっていつやめさせられるか分からないし、もういっそのこと自分からやめてしまおうかと思ってるくらいなんだ。あーあ、あのころは楽しかったよね、サトシちゃん」
サトシは斜め下を向いたままだった。
「でも何といっても大企業なんだからいいんじゃないの。みんなすごいねって言ってくれるだろ。それにさ、あのころは楽しかったって、たしかに今考えると楽しかったけど、楽しいばっかりじゃなかったぜ、あのころだって」
ビル風がびゅうとふいた。サトシの横顔は、半分さびしそうで半分楽しそうだった。
「うん、そうだね。深刻な問題がたくさんあったんだよね、あのころにも」
「そうさ。マサくんはいっつも逃げてばっかりなんだから。大人になってもちっとも変わらない」
「そ、そんなことないよ。ぼくだってあれからたくさんの問題にぶつかって、ぼくなりに対処してここまでやってきたんだから」
サトシはますますさびしそうな顔になった。
「うん。マサくんは変わってないけど、でも変わったよ」
「サトシちゃん?」
サトシは立ち上がった。
「おれもう行かなくっちゃ。みんなによろしくね」
「みんなっていっても、あのころのメンバーとはぜんぜん会ってないし。そうだ、また今度みんなで集まろうよ。連絡がつくやつだけでもさあ」
「やめとくよ。会いたくないのもいっぱいいるしね」
そういうとサトシは枯れ葉の舞う街路にきえていった。



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