第160期 #3

ここがどこか分からない

 ここがどこか分からない。フラフラと気の向くままに歩いていたら見たことない所へ来てしまったようだ。周りは見知った顔などない。
「おーい!」と人を呼ぶように声を出す。というのは見知った顔はいないがそこかしこに人はいる、しかし自分は特定の人を探すために声をだしている。
 周囲の人は一瞥するか、心配そうな顔で見下ろすが手助けしてする人はなく、そのほとんどはこちらに目もくれない。
 呼んだ人物は現れる様子もなく、周囲の人のそっけない態度から不安な気持ちが洪水のように押し寄せ土砂のように積もってゆく。まるで自分が世界に一人取り残されたかのような気持ちとなり、今度はその人を探すためにヨタヨタと歩き始めるが一度不安になったことで冷静さが欠け、当てもなく歩みを進める。
 曲がったり、横道に目を向ける度に見たことのない景色が広がる、直線は遮るものがなく視界はいいが、横道は途端に窮屈な印象になり、壁は頭上の2〜3倍にも渡るほど高い。
 そんな障害が多い中での人探しは森の中でリスを見つける位困難に思える。
助けを求めるられず、かといって自力で見つけることはもう諦めた、不安な思いがわきあがり気が付くと涙を流し、大声で泣いていた。
 それまで関心のなかった人でさえこちらに目を向けているのに気付かないほどに泣いている。
 しだいに人だかりができ、その周りにさらに人だかりができるような形になり、そこでようやく救いの手を差し伸べてくる者がいた。
「大丈夫?」 声を掛けてきたのは中年というには若いくらいの女性で掛けてきた声には電話に出るようなよそ様向けの声であった。声を掛ける人が出てくれば最終的には巡り合えるようになるようにしてくれる。
「じゃあお姉さんといっしょにいこっか」とすこしかがんでぼくの手を握った。
 連れて行かれた先では見たことあるような部屋がある、そこで中年の女性に引き渡されて名前を言い、しばらく遊んで待っていればいいと云った。
 「……やまだけんたくんのほごしゃのかた……」と他でも聞きなれたことをマイクに向かって言っている。
 数分後、母親が現れぼくを抱き上げた、本当に心配した、探したと何回も聴かされた言葉を吐いているがその語気にはこれ以上ない安堵感が漂っている。それがぼくにも分かりまた声をあげて泣いた。でも何で泣くのだろう。どこも痛くないし、悲しくもない。でもボロボロとこぼれる涙がとどまることはない。



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