第160期 #14
君はこの森にすんでいるのかと質問すると、その女の子は自慢げにくるりと地面を回って僕に微笑んだ。
「ところで君は人間なのか?」
「いいえ、人間ではないわね」
じゃあ君はいったい何なのだと質問しようと思ったが、答えを聞くのが怖くなったので言葉を飲み込んだ。
「でもあなたは、きっと人間なのね」
女の子は僕の手を引きながら、風のような速さで森の中を進んでいった。彼女は、僕を人間が沢山いる場所に案内してくれるという。僕はどうしても人間に会いたかったけれど、昔話の中ではこういう誘い文句が一番危険なのであり、簡単に相手の話に同意してはいけなかったのだということを思い出していた。
「ここよ」と言って女の子が立ち止まった場所にはもう森はなく、灰色に壊れた街と青空がどこまでも広がっていた。街の中を進んでいくと、道端に無数の人骨が白く転がっている。
「ほらね、たくさん人間がいるでしょ?」と女の子は言った。
僕は、ああそうだなと返事をしてその場に座り込んだ。
すると彼女は「なに怒ってるの?」と言いながら、僕の頭を撫でた。
さらに街の奥へ進んでいくと、真新しい建物の群れが見えてきた。灰色の街に新しい都市が生まれたのだ。女の子は行かないほうがいいわと言ったが、僕にはそこに希望があるような気がしたのだ。
その新しい都市の中では無数の人々や車が忙しく動き回っているのだが、彼らは人間ではないと女の子は言った。
「ほら、よく見ると誰も影がないでしょ。私も同じよ」と。
僕と女の子は、ひとまずその新しい都市に部屋を借りてすむことにした。僕は外で働いて生活費を稼ぎながら彼女と生活を築いていった。そして数年経つと彼女が妊娠してお腹が大きくなっていったので、僕らはそのまま結婚することにした。
「僕は今とても幸せだけど、君はどうだい?」と質問すると、彼女は大きなお腹を撫でながら笑った。
しかし、新しい都市が戦争を始めたのはちょうどその頃だった。僕たちがすんでいる街には毎日爆弾が落とされていたが、不思議なことにテレビを点けても戦争の情報は一つも流れてこなかった。それに人々は以前と変わらぬ表情のまま、空を見上げることさえしないのだ。
僕は堪らなくなって、リヤカーに家財道具と彼女を乗せて街を脱出した。途中でリヤカーを止めて後ろを振り返ると、街が赤く燃えていた。
彼女は燃える街を背にしながら、「私も幸せよ」と言って僕の涙をぬぐった。