第160期 #15

川辺の香り

 「鮎香」とは、僕と同じクラスの女子の名前だ。去年の夏まで水泳部に所属していた。手足が長くて運動神経がよかったが、大人しい性格で、色白の肌には清潔感があった。学校のうるさい女子の輪の外で、一人でいるような人だから、何を考えているのか分からないところがあった。
 年が明け、中学三年生の僕達には高校入試が迫っていた。今日は一月三日、二〇一六年の成人の日は一月十一日だった。成人式は二十歳になった人達のものだが、十五歳の僕達は、この日元服を迎える。毛の元服だった。
 五年前から日本の中学生は、毎朝朝食に抑毛ピルを呑むことが決まりとなった。下の毛の発育を抑えるもので、早い者だと小学校高学年から呑んでいた。ピルの服用が義務となったきっかけは、保護者の訴えからだった。修学旅行や体育の水泳の時間で、ほかの生徒達よりも早く下の毛が生えていたり、生えるのが遅かったりすると、イジメを受けてしまう。毛の発達など自分の力でコントロールできるものではない。母親達が声を上げて、社会的な騒動となった。
 去年の修学旅行の時も皆つんつるてんだった。ピルの服用を止めると、徐々に毛が生えてくる。僕は母親に内緒で、修学旅行の後からピルの服用を止めていた。毎朝ピルを呑み込まずに、歯を磨く時に洗面台に流していた。徐々に芽を出した下の毛が、少し生え揃ってきたのが、密かな自慢だった。
 今日、僕は一人で地元の神社へ初詣に出かけた。小さな神社で、三日なら元日よりも人が少ないだろうと思ったからだ。神社にいる人の中で、僕は鮎香の姿を見つけた。彼女も一人、初詣に来ていた。僕は彼女に声をかけた。二人でお参りをし、母親からもらったお金でお守りを買って、合格祈願の絵馬を書いた。
 帰り道、僕と鮎香は川の岸辺に腰掛けた。「勉強ばかりしていると泳ぎたくなるの」と彼女は言った。
 鮎香は僕の前で服を脱ぎはじめた。川辺の砂利の上に、彼女の白い背中が現れた。空気の澄んだ空の下に、白く細い裸体が伸びた。川に飛び込むと、彼女は向こう岸に向かって泳いでいった。岸に辿り着くと、今度はこちらに向かって泳いできた。
 彼女が川から身を持ち上げると、僕の心は衝撃に襲われた。彼女の体には、両脇と股に黒い毛の塊があり、白い裸体の上で三角形を作っていた。僕は「ピルは?」と訊こうとしたが、喉から声が出なかった。一月の川の水に濡れた毛のエロスに、僕の心は強烈に惹かれていた。



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