第160期 #10
雨の中近所の道を歩いていたんだ、傘をさしながら。
同じ道をノソノソと這っているものがあった。でんでん虫だ。
ひょっとしたらでんでん虫からすれば走っているような感覚かもしれないけど私から見ればノソノソと這っていた。
そこに猫が一匹あらわれたんだ。ちょうど道を横切ろうとしていたようだが、猫はでんでん虫を見つけるとその足を止めた。
「猫さん、私を食べようとしているのですね?」
「にゃー。」
「そうですか…。この世は弱肉強食、貴方のしようとしていることは至極当然のこと…。しかし、貴方は考えたことがありますか?この世と言いましたが、貴方と私にとってこの世とは違うものなのです。この星が貴方と私にとって、いえ、この星に住む全ての生物にとって等しく同じ大きさであることは間違いありません。しかし、我々は各々世界を持っている。私には私の、貴方には貴方の。私が一生を賭してもこの星の事の数パーセントも知りえないでしょう。それは貴方にとっても同じことかもしれない。しかし、その俊敏な脚力、柔軟な肉体、愛くるしい外見がもたらす貴方の世界と、このいびつな殻を背負いながら地べたを這いつくばる私の世界を比べてみれば、そこにはやはり果てしない差があるのだと私は思うのです。私の住む世界はそれ程小さな小さな世界なのです。そんな小さな世界さえ全うさせてはもらえないのでしょうか?貴方のその広い世界の中に私を食べる以外の選択肢はないのでしょうか?」
でんでん虫は食べられてしまいました。
「もぐもぐ…。ふぅ。なあ、でんでん虫さんよ、あんたは小さな世界を生きる自分を憐れみたいに言っていたけどな、世界が広がればそれだけ生きづらくなるもんさ。おいらはそう思うにゃ。」
私の興味は既にipodに移っていた。
猫はちらりと私を見るとそのまま何処かへ行ってしまった。
雨は少し弱くなり、街灯が映し出す薄暗い道が長く長く続いていた。