第16期 #4

 洟が止まらないと言ってもそれを聞いて普段人が想像する規模ではとてもなく、もうどぼどぼどぼどぼ溢れ出てくるのである。困るは困るのだがそれならまだ冷静になろうと努めれば取り敢えずどうにかしようと考える気も起きるかもしれないのだが何と言っても鼻水はねばねばしている。鼻にティッシュや指を突っ込んでみたところで歯が立たない勢いなので流しっぱなし、鼻から下はもう完全に鼻水で浸っているのだ。これは気持ち悪いぞ。ご存知の通り鼻水は少しすると固まってくるわけで最初の頃に放出された洟は顔面を覆う鎧みたいにかぴかぴに固まってしまっている。生命を繋いでおくために咥えたシュノーケルは既に溶接されていて外すことが不可能な有り様だ。だから飲み食いはシュノーケル経由でしなければならない。さっき飲み物を流し込んだら溺れ死ぬかと思った。危なかった。トイレも要注意である。ばりっと固まったファスナーをこじ開けてホースを出すわけだがその前に腰を極端に前に突き出し鼻水を回避。用を足し終わったらそのポーズをキープしたまま収納。あとは壊れたファスナーをくっつけてズボンの中にまで鼻水が入らないようにしながらひたすら固まるまで待つのである。大はもっとひどい。トイレに入るなり便器に背を向け前屈するように上半身を畳むとズボンを慎重に下ろしていきそのままの姿勢を維持して便器まで後ずさりしていくのである。妖怪か。腰掛けてもやはり前屈ポーズなのでできるだけ速やかに遂行しないと顔と膝怠りがくっついてしまい今度はそれを剥がすのに一苦労することになる。そんな状態だから外出する気になれるわけもなく仕方なく居間でテレビを眺めているのである。
 テレビでは今回の事件についてコメンテーターが話し合っていた。シュノーケルを通じているためマイクの拾う音が妙に反響して聞こえる。顔の真下にたらいを置いてコメンテーターは一様に「世界の終焉だ」と感情的になっていた。その目にはわざわざメイクしたかのような隈がくっきりとできていた。
 僕は由美に電話をかけた。呼び出し音。呼び出し音。呼び出し音。繋がらない。繋がってくれない。
 だめだっ、眠い、限界だ……もう、どうにでもな…………ほばーくわー。ほばーくわー。ほばーくわー。ほばーくわー。

 ……ごっ。


Copyright © 2003 三浦 / 編集: 短編