# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | 銀に光る | たみ | 719 |
2 | 危険な薬 | ひーろー | 611 |
3 | 彼の娘のユートピア | ゐつぺゐ | 980 |
4 | 雪天使 | ハバラ | 141 |
5 | 遠い空の下で | kadotomo | 314 |
6 | 静かなる演説 | 戸板 | 362 |
7 | 魚の骨 | 皆本 | 1000 |
8 | 霊感テスト | 岩西 健治 | 999 |
9 | 青巻き | わがまま娘 | 993 |
10 | 認められて | qbc | 1000 |
11 | 蛇 | Y.田中 崖 | 1000 |
12 | 銀座・仁坐・巴坐 | Gene Yosh (吉田 仁) | 998 |
13 | ペルソナ | 池田 瑛 | 999 |
恋は痛みだ。やさしさも嬉しさも僕は知らない。初めて出会ったその日から、彼女の左手の薬指には銀のリングが住んでいた。
休日なのに制服を着て、ふたりきりの薄暗い現像室で、赤い光に照らされる彼女の横顔を見ている。冷たい現像液に浮かぶ写真。液体の中で僕と彼女の指が軽く触れるたび、心臓が跳ね上がるのに、何でもないふりをした。本当は今すぐ言いたいことがあるのをこらえてそばにいる。
ふいに境界線を越えた彼女の手が、逃げる僕の手を掴んだ。一瞬だけ視線が絡んで、すぐに僕の方から逸らす。意思を持って腕をつたい、頬を撫でる細い指から、僕は逃げられない。
視線を外していてもなお、貫くような眼光を全身に感じる。まるで渇望するかのように、彼女は僕の唇に触れるのだ。銀のリングが光るその手で。
胸が苦しい。埋め尽くされる。なにものにも勝る痛みに。楽しいことなどひとつもないのに、すっかり溺れてしまった僕は、浮き上がることなんてできない恋の底にいる。
彼女が僕の名前を呼ぶ前に、僕は、幸せになるためにはどうすればいいですか、と尋ねた。彼女は笑って答えた。
「幸せになりたいなんて思わないことね」
泣いているようでもあったが、それはただ僕の願望だったかもしれない。
逃げられるはずがない。そう思った。この先何年経っても僕は、彼女の薬指に光る銀のリングに捕らわれたまま、身動きもできないでいるのだろう。今まさに立ち尽くしているように。暗室の中にいるように。忌々しい制服と赤い光に包まれて。
「先生、」
僕のためらいは彼女の唇に簡単に飲み込まれてしまった。奪われた酸素を取り戻そうと深く息を吸えば、肺いっぱいに流れ込んだ現像液の饐えたにおいを、僕は死ぬまで忘れはしない。
博士の外出中、唯一の助手であるその男は、何をするでもなく、研究室で朝からずっと留守番をしていた。
しかし男は、あまりにも退屈になって、博士の発明品を眺めたり少しいじったりして暇をつぶし始めた。彼は好奇心に任せてその暇つぶしに没頭した。助手とはいっても、普段は掃除などの雑用ばかりで、博士の発明にはほとんど携わっていないのだった。
「これは一体何の薬だろうか」
男はそう言って、机の上に置いてある、薬のたくさん入ったビンを持ち上げた。そしてそのすぐ横に、博士が書いたのであろう走り書きのメモを見つけた。そのメモにはこう書かれていた。
【記憶を消す薬。飲むだけで嫌なことを忘れられる薬として実用化予定。現段階では、1錠飲むと、直前の約3分間の記憶が消える。だたしまだ不完全な試作品。1日に5,6錠飲むだけで体に害が及び、場合によっては、死に至る恐れもあり危険】
それを読んだ男は、ビンから薬を1錠取り出して、
「なんだかおもしろそうだな。一粒くらいなら飲んでも大丈夫だろう。これも助手の特権というものだなあ。はははは」
と嬉しそうに呟いて、飲み込んだ……。
「あれ? 俺はなにを……。そうだ。博士の発明品を拝見してたんだったな……ん?」
男は机の上に置かれた薬の入ったビンを見つけた。
「これは一体何の薬だろうか」
そして男は、そばにあったメモ書きを読み、一粒くらいなら、と嬉しそうに呟きながら薬を1錠取り出して、それを飲み込んだ……。
「汚い話、していい?」
「……」
「きれいな話でもあるんだけど」
「……」
「とりあえず出発点は汚い話になっちゃうから一応は汚い話ってことに」
「うるせえ!言えよ!そしてスッキリして黙れ!」
「耳垢のない世界に行きたいなって」
俺はもうダメかも知れない。受験を控えていた。とても大事な時期だ。そんな時に妹が耳垢のない世界に行きたがっている。
「あたし耳垢が気になっちゃうとほじりたくて仕方なくなる。で、ほじってみるんだけど取れない。ここだよって感覚があるからなんとかほじくり出そうとするんだけど終いには血が出ちゃう」
「なに言ってんの?」
「だからね耳かき棒の先に小型カメラなんかをつけてみたらどうかな?幽霊には視認できない怖さがあるじゃない?それと同じ怖さが耳垢にもある」
「ねえよ」
「カメラで耳垢がないと知ればあたしは解放されるし、あると分かれば意地でもほじくり出すよ。けれど今のあたしには棒にカメラを搭載する技術がない。これは由々しき事態です」
「もういいか?」
「ならいっそ耳垢なんて存在しない世界があればいいのにって思ったの。すごく素敵じゃない?まるでシチリアの海岸沿いに佇む白い家の窓辺に置いたカゴに積み重なるレモン越しに覗く絶景から潮風を感じる爽やかさ」
「今すぐ消えろ!」
「でもね、それはそれで寂しい。秋になればその孤独に耐えられない。想像して。意義を失ってしまった耳かき棒。普段どこにやったかわからなくてほじりたいのに無いって状況にあたしは発狂してデビルリバースみたいになっちゃってたのに意義を失った途端きっと耳かき棒はその存在をこれでもかと主張してくる。でももういいんだよ、だってこの世には耳垢が無いんだから。耳かき棒は尻のボンボンを揺らして言うの。『悔しい』」
俺も悔しい。俺もお前のいない世界に行きたい。
「お兄ちゃん、あたしね、これはもう恋なんじゃないかって。耳垢がうだつの上がらない、社会から抹殺されても、他の生きとし生けるものが見向きもしない無駄でしかないダメ野郎だったとしてもあたしの母性ってやつが彼を愛したがってる。とめらんないよ。この恋は。だからあたしはこれからも耳垢を消し去りたい気持ちだけは捨てれないけれど一方で耳垢を愛したがってるあたしを否定しないで生きてく。あぁあほじりてぇええ」
どうかお願いです。誰か耳かき棒に小型カメラを付けてやってくれ。
雪天使
雪がふわふわと舞い降りた
まるで綿菓子のような
大粒の雪が
回りながら舞い降りる雪は
まるで沢山の天使が踊りながら
羽を落としているような
光景だ
雪はただ見れば
雪だけど
私は
天使が踊りながら
落としている羽だと
思う
雪の日は
天使が踊っていると
思うといい
ほら素敵でしょ?
その雪が天使の羽なのだから
女性は窓を開けて空を見上げます。
なぜなら ある男性と約束したからです。
綺麗な星空を一緒に見たいねって…
でもそれは無理な事でした。
男性は
「空は繋がっているから今晩一緒に見あげよう。
連絡するよ。」
時間を合わせて遠い空の下
二人で見上げても…
残念ながら、空は雨の準備をしてました。
大きな雨雲が寒空に広がっていたのです。
でも何だか離れていても二人は幸せでした。
「もう寝んね、おやすみなさい」
男性は話終わりました。
暫く女性は一人大きな雨雲を眺めてました。
まるで今にも涙が降り注ぎそうです。
「あれ?お母さん何しているの?お父さんが呼んでるよ?」
女性は我にかえり窓を閉めて部屋の中へ戻って行きました。
もう戻らない過去を愛しく想いながら.....
街の中には誰もいない。既に、独裁者の演説は終わってしまったから。この国では、一人の考えで全てが決められて行く。反発を覚える者もいるが、そこに充足感を覚える者もいる。街角には指導者のポスターが至るところに貼られて、彼の顔を知らない人はいない。しかし独裁者を選んだのは、この国の人々だ。まるでジョークの様に始まった旋風は、いつの間にか民衆の気持ちを集めるようになった。そこから独裁までは、一本道。この国は非常に安定していて、地盤も固い。他国からの報道関係者は思うのだ。ここまで安定して完成されたものを、壊す意味なの等、どこにあるのかと。この国の国民は独裁者を愛しているし、ついていきたいと本気で思っているた。統制された情報の中で生きることの喜びは、国民の瞳を見ればたしかにとわかる。彼らは独裁者を、確かに求めているみたいである。
心臓の上に傷跡がある。魚の骨の形をしている。それをどう思っていいのか未だにわからない。誇らしいのか。嫌なのか。恥ずかしいのか。最初に「誇らしいのか」と自問したので、誇らしいと思いたいのかもしれない。
昔、付き合っていた人にこの傷を見せたら、まじまじと凝視された。手を伸ばしてきて、傷跡をそっと指先で触った。するすると指が滑っていくのを目で追った。それはお互い少し臆病に。壊れ物を触ったり、眺めたりするかのように。そのうちに彼は、ふーっと満足そうに息を吐いた。そうか、この人はこういう人なのかと何となく理解したのを憶えている。
過去のくすぐったさを思い起こしながら、座椅子を倒し、寝転んで、頭の後ろで手を組んで枕にした。足はこたつの中にあって、あたたかい。眠気でとろとろしながら、みかんのことを思う。みかんが食べたい。それほど切実な欲求ではないけれど、ほんのりとみかんが食べたい気分だった。みかんの夢を見そうだなと思いながら、わたしは眠気に任せて目を瞑った。
夢と現実とが入り混じったまどろみの中で、わたしは座椅子に座ってみかんを食べた。こたつにみかん。それは幸せの一つの形だった。公園のベンチで缶コーヒーを飲んでいたら野良猫が寄ってきて、身体をすりつけてくるのに匹敵するくらいの幸せだ。いや猫のほうが上かもしれない。わたしはみかんをもう一つ食べてから寝転んだ。横向きになって、折り曲げた左腕を枕にしてとろとろする。目を落とすと肌色が見えた。ちょっと物足りないくらいのふくらみを帯びた胸。真ん中辺りに白っぽい肌色の魚の骨がある。心臓は左胸というよりも、胸の真ん中やや左寄りにある。
にゃあという呼び声に顔を上げると猫がいた。霧が集まって出来たような、手でぱたぱたすると散ってしまいそうな猫だ。猫はわたしの胸元に寄ってきて、魚の骨に前足を伸ばしてきた。爪でかりかりする。そのうちに魚の骨はぽろりとはずれた。はずれるんだ。
にゃあ。猫はまた一声鳴いて、魚の骨に顔を寄せる。わたしは意地悪にも、猫が咥える前に魚の骨を掠め取った。そうして、にゃあにゃあという抗議の声を心地よく聞いたわけだけれど、そのうちに猫は諦めて、わたしのお腹の辺りで身体を丸めて目を瞑った。
わたしは魚の骨を摘まんで、しばらく眺めてからまた元いた場所へ、自分の胸元に戻した。するすると指を滑らせる。柔らかで小さなおうとつ。意外と愛しい。
くく。これ本当の話なんですよ。と、始まるのは怪談の常套パターン。
夕刻の河川敷。犬を散歩させるシルエットが遥かに見える。私は落ちていた野球ボールを拾い上げ、柄にもなく投球のまねごとをした。ボールは不自然に高く弧を描き、目標にしていた場所よりもかなり手前に力なくバウンドした。バウンドを終えたボールは闇にかき消されたまま転がり、思うような存在感も示さずに止まった。甲子園しししししししししししししししししししししししししししししししし四。けけけ。
雪が積もっている。河川敷のベンチには老人が座っている。私はふと立ち止まって考え込む。雪に足あとはない。では、どうやって老人はベンチまで歩いたのか。仮に老人が座ってから雪が積もったのなら、老人自体にも雪がかかっているはずではないか。そもそもこんな寒い日にベンチに長時間座っているのはおかしいのでは?
「貴方にも見えましたね」
犬を連れたシルエットが今度は私の隣でささやくように言う。犬は吠えずにただ、ベンチの方を向いている。横目でシルエットを確認しようとしたが、案外、視野の外にいて捉えられない。自分の足もとに目をやると、背中から照らしていた陽の影が私の足下から生えていた。当然シルエットの影もあるだろうと隣を見るが、犬の影はあるものの、シルエットの影はどこにも見当たらない。ただ、足下だけはシルエットとして確認できる。そこからベンチに視線を戻すと、もう老人はそこにはいなかった。やはりと言うか、雪も降ってはいないし、シルエットは遥かにある。
雑誌の懸賞で当たった「霊感テストパッチ」を貼っているとそんなことが頻繁に起きた。それほど恐怖は感じなかったから、六枚あるうちの三枚はすぐに使った。何度でもいいのかと、一度剥がしたパッチを再び貼っても効果は得られなかった。友達に一枚あげたけれど、その子は鈍感なのか、次の日、何もなかったよと言っただけである。
年末、大掃除でパッチが出てきて、一年くらい前のそんな体験を思い出した。私は久々にパッチを腕に貼った。掃除を中断して、ベッドに寝転がり、パッチの箱を透かすように眺める。箱の裏には小さく「稲川淳一監修第二弾」と書いてある。
外には珍しく雪が舞っていた。時計を見ると既に二十二時を過ぎている。箱の中身を見ると、パッチは二枚残っていたから、明日、友達に一枚あげようと思っているうちにどうやら寝てしまったようだ。
こっちに越してきて初めての年末。買い出しをするから一緒に来ないかとおばさんに誘われて、いっちゃんと一緒に郊外の大型スーパーまで出てきた。
カートを押しながらヨタヨタ歩くお婆さんの隣をオレは歩いていた。いっちゃんはオレを置いて、別の食材を調達しに行っている。
「お義母さん、蒲鉾はここですよ」とおばさんがお婆さんを止める。「あぁ」と言って、お婆さんが蒲鉾の入った冷蔵ケースを見て「青いがはないがか?」と言った。青い蒲鉾ってこと?
「白はありますけど、青いのはないみたいですね」とおばさんが答えると、お婆さんが「白ならいらん」と言う。「後で青いの買ってきますね」おばさんはそう言って、赤い蒲鉾を5つカゴに入れた。おばさんが蒲鉾を持ち上げた時も驚いた。うそ、板ないけど?!
スーパーの別の場所で魚やら肉屋らを物色してきたいっちゃんが戻ってきたときに、オレは思い切って聞いてみた。
「蒲鉾、板ついてないんだけど」って言ったら、「そうだよ」っていっちゃんがオレを見た。
「一人暮らし始めて一番初めに電話したのが、お母さんに「蒲鉾の板ってどうやってとるの?」だったよ。そしたら、お母さんも知らなくてさ」といっちゃんが笑う。「蒲鉾の板なんて見たことないって言うんだ。ここでは、蒲鉾に板がないのは当たり前」
「それじゃ、もしかして、青い蒲鉾も当たり前?」
「そうだよ。っていうか、なかったの?」と、いっちゃんは蒲鉾のケースを見るべく方向を変えた。オレはそれに付いて行く。
「あぁ、白なんだ」ケースを覗いていっちゃんは呟いた。「白は、歴史短いんだよ。青いのは明日でも買ってきてあげるよ」と、いっちゃんはオレを見て笑った。
約束通り、翌日いっちゃんは青い蒲鉾なるものを買ってきてくれて、食卓に並んでいた。その目の引くこと。初めて見た赤いグルグル巻きにも驚きはしたけど、こんな衝撃ではなかった。だってナルトだと思ってたし。
「これ、蒲鉾?」知りつついっちゃんに聞いてみる。「そうだけど」といっちゃんは普通に言う。
食欲が減衰する色と言われている青が、普通に食品に使われているという状況をオレは初めて目の当たりにした。そして、ここの人達はそれを普通に食べている。
「味は赤も青も同じだから」そう言って、いっちゃんは青い蒲鉾を口に入れる。それはそうだろう。ただ、頭ではわかっているんだけど、オレの箸はその青い蒲鉾になかなか伸びないでいた。
朝、寝不足で鬱蒼とした意識をかき分けドアを開けると、ちょうど隣の部屋の女が出てきたところだった。二十代半ばくらいで、タイトスカートのスーツを着て長い髪を後ろで一つに結んでいる。半年前に越してきた至って普通のご近所さんだ。ここ数日までは。
おはようございますと交わす言葉がぎこちない。俺は気まずさに耐えかねて、ぬかるむ階段を駆け下りる。
夜、電気を消して横になる。ピザ屋のチラシやペットボトル、食べかけの惣菜パン、読みさしの文庫本に埋もれた部屋で、布団の上は唯一不可侵と定められている。一時間以上ごろごろ転がり、ようやく微睡み始めた頃、アパートの薄い壁越しに針のような細い声が刺さった。
抑えきれず漏れ出る鼻にかかった声。密林の奥、俺は濁った眠りの沼に腰まで浸かって動けない。女は朝と同じスーツ姿で岸に腰かけている。ストッキングの破れた足を広げ、手を股間にあてがって。汗に濡れて貼りついた白いシャツ、はだけた胸元にかかる長い髪。湿った風が渦を巻き、草木が波のように繰り返し葉を震わせる。女が上体をのけぞらせ、一際激しい呻き声を最後に静寂が訪れる。
これで眠れる。泥沼に沈みこみながら、ずるずると何かが這う音を聞く。女の下半身が蛇に変わっている。てらてら光る鱗。茶色の斑模様が深緑の葉の隙間に見え隠れして、よりいっそう艶かしい。
週末、終電で帰った俺は着替える気力もなく布団に倒れこんだ。やがて隣からいつもの声が聞こえ始める。しかし疲れもあって、岸辺で女がいくら身をくねらせようが、もうどうでもよかった。夢現で早く潜ってしまいたいと願う。
突然、人差し指に激痛が走った。ぎゃっと叫んで飛び起きる。反射的に左手を確認しようとして、俺は固まった。
ほの暗い夜の底で、Tシャツの袖口から出た俺の左腕が、ごみの隙間を縫って部屋を横切り、開いた窓から外に出て、女の住む部屋の方へぐにゃりと曲がっている。すぐにそれをひっつかんで手繰り寄せる。ずるずる、ずるずると。指先に痛みが戻る。続いて柔らかい布の感触。指を擦り合わせるとべっとり濡れているのがわかった。汗が吹き出し血の気が引いてしまって、ただひたすらに腕を手繰ることしかできない。薄い壁の向こうで女が聞き耳を立てている気配がする。手はいくら引っ張っても戻ってこない。その代わりに冷たい指が指に絡みつき、締め上げるように強く掴むと、爪を立てて手の甲に噛みついた。
巴里は燃えている。憎しみの連鎖、イスラム教徒の葛藤、数世紀の時空を超えて、反乱を起こした、そのために他教徒の大都市が標的になり血で血を洗う殺戮に。テロとの戦争とは、軍人であれば許される殺人が、テロリストは絶対に許さないと、都合のいい話、海外へ武力行使をすることを容認する憲法解釈の変更をする、先進国と言われる我が国も寛容の心を置き去りに。
2001年9.11、吉田はアメリカにいた、2005年7.7、ロンドンで地下鉄や路線バスが標的に、何故このような体験を受けられたか? 意に反してに命を奪われる理不尽な環境に接して何とも言えない空気を体験した。皆にその体験を伝えるために。そして2015年、パリが、次は2020年に東京か?
我が国のトップは人の悼みがわからないチンピラの弱いものを無視する精神にみなぎっており、弱いものに手を差し伸べることができない大人はもっと若者に学ぶべき、70年前の戦争の反省もまともにできない大人が、2011年の自然の牙に対置打ちできず、原発事故も対策ひとつ進められずに、過ちを繰り返そうと、再稼働を認める始末。国民の生命と財産を守るためとは、国家を守るため、秘密保護のもと、国を守るために、国民は命をさらけ出し、個人の身の安全は国の名のもと犠牲になる。一歩ずつ戦前の国粋主義に戻り、平和憲法は不要とすべてを国のためにと、災害救助隊は国家防衛のために軍隊となって兵隊の生命も国民の生命もどこかの国の指導者により、危険にさらされる、これではイスラム国の指導者と同じではないか?「目には目を歯には歯を」を自でいく間抜けな論法は、若者の見本には到底なれない。
年末を迎え、銀座のクリスマスシーズンは世界一の輝きを放つ、男と女の愛を育む社交場として君臨する。人を愛せれば、お互いを思いやり、足りないところを補うために、好きな人の気を引くために努力をする。気持ちよく酔えるように、酒の苦手な人も気持ちを大事にされると、すべてを許す気持ちになる。癒し、おもてなしの世界である。客を客と思わず、給料をもらうのはお客様でなく、店のボスだと豪語する国もある。それでは誰が誰に心を許すのか、最高級のサービスに対価を払い、客も最大限の包容感をもって接客に応じるのである。この気持ちの余裕があれば、家庭でも会社でも、どんな社会でも寛容の気持ちは育まれると信じている。
世界の銀座は人類の愛と平和のために。
12月という月は探偵にとって嫌な月だ。
第1の理由が、浮気調査の急増だ。新年という区切りが、疑惑に白黒を付けようと決意させるのだろう。だが、12月に依頼を受けた調査は、往々にして1月まで調査が伸びる。奥さんの誕生日と結婚記念日でも無い月に、高額のプレゼントを買う男は、ほぼ黒だ。しかし、12月は奥さんへのクリスマスプレゼントである可能性も残り、25日以降の事後確認ということになる。だが、クリスマスを過ぎれば年末年始で、依頼主と連絡を非常に取り難い。結果として、新年を迎えてから「こんなの貰いました?」と確認をしなきゃならなくなる。また、調査相手が忘年会などで飲みに行く機会も多く、尾行回数も増える。ペルソナを剥ぎ取るのも楽じゃ無い。
第2が、ガキの依頼だ。探偵事務所なんて、普通は小学生が足を踏み入れるような場所じゃない。しかし、名探偵が活躍するアニメが人気なせいか、勘違いするガキは急増するばかりだ。
事務所に来た小学生の依頼は「親がサンタクロースであることを突き止めてください」だ。サンタの存在を証明してくださいと依頼してこない当たり、世も末だと思う。
俺は、そういう依頼には、こう答えるようにしている。
「お前の親はトナカイを飼っているのか?」と。これまでの経験上、答えは「いいえ」だ。
「じゃあ、話は簡単だ。別人だ」と答える。だが、最近のガキは、生意気にも納得なんてしない。そしたら俺は、言ってやるのだ。
「お前は、本気で、お前の親が、ずっとお前の親だと思っていたのか?」と。
戸惑うガキ。
「お前の親が、会社に行っている時、お前の親ではないんだよ。ただの会社員なんだよ。社会の歯車なんだよ! お前の親が、おまえの前で親であるのは、お前を愛しているからなんだよ」
「お前の幸せを願い、お前が寝静まったころ、そっとプレゼントをお前の枕元に置く。その瞬間、そいつは、お前の親じゃなくて、サンタなんだよ。そして次の日の朝、何事もなかったように、プレゼントを貰って喜んでいるお前を、新聞読みながらこっそり眺めて居るのがお前の親なんだよ。まったくの別人だ、分かったか?」
俺が、そう吠えると、小学生は依頼料も払うのを忘れて、事務所から逃げ出していく。とんだ、ただ働きだ。
どうせ、俺の話した意味がわかるようになるのは、ガキが親となった時だろう。
12月は、つまらない仕事が多い。だが、嫌ではないこともある。