# | 題名 | 作者 | 文字数 |
---|---|---|---|
1 | マンモス解凍して頂戴 | ゐつぺゐ | 903 |
2 | 浄化 | 瀬沼大 | 338 |
3 | 八朔溜まり | 池田 瑛 | 999 |
4 | 一途 | 星埜 | 905 |
5 | 完成させる現場 | 川端 巳未 | 978 |
6 | きみがそばにいてくれるなら | ももぐるみ | 419 |
7 | おとうと | 斎藤詩音 | 528 |
8 | なんてったってアイドル | 美香ちゅー | 336 |
9 | ハンガーゲーム | 桜 眞也 | 1000 |
10 | 捨てる | 岩西 健治 | 999 |
11 | 銀座、仁坐、妖坐 | Gene Yosh (吉田 仁) | 992 |
12 | 夜に考えてみること | 吉下左眄 | 602 |
13 | 紅い糸 | たなかなつみ | 590 |
14 | 俺はダレ | たけぞう | 502 |
15 | ホットヨガをする乙女を見守る会 | なゆら | 992 |
16 | 一手間 | わがまま娘 | 999 |
17 | 土曜日の朝 | qbc | 1000 |
18 | 生痕化石 | Y.田中 崖 | 1000 |
19 | 2015年5月7日(木) | ロロ=キタカ | 444 |
「寒いわ。解凍して頂戴」
「冷凍食品だってそれを美味しく頂戴するには三、四分を要するんだ。君を覆うこのとんでもない氷塊を溶かすなんて僕個人の力では一生かかってもできるかどうかだ。第一電子レンジに入らない」
「寒いわ。貴方の発想。だったら大きな大きな電子レンジを作って頂戴。個人で無理なら友人知人寄せ集めればいいじゃない。どうして一人で賄おうとするの?視野の狭さを自覚して頂戴」
「そうだね。僕にはとてもじゃないがそんな発明は不可能だ。これまでの人生で電子レンジの構造や仕組みさえ理解出来ていないし意識もしていない。だから代わりにそれを知った人物を連れてくるというのは至極当然なやり方ではある。だけれど僕はどうもチームワークが苦手でね。もともと人に指示して代わりを頼むくらいなら自分でやるよと言ってしまう。よくそれで失敗もするのだけれど何故かな?なかなか治らないんだ」
「貴方はプライドが高いのよ。とてもね。だけれど実際私をここから出すことさえ出来やしないちっぽけな力よ。出来なければ諦める、そうして逃げてきた人生の終わりに貴方は何を思うかしら。別に世界を変えようだとまで言わなくても構わないわ。でも目の前で凍えるマンモス一頭くらい救ってみなさいよ。それがプライドを持つということなんじゃないの?捨てるだけの決意に何の意味があるの?ファッションてやつかしら?意地をみせてみなさいよ」
「待ってくれ。説教はよしてくれよ。僕だって後悔していないわけじゃないんだ。もっと出来たはず、上手くやれたはずなんだ」
「だから其処よ。出来たはずならやりなさい。結局やる前に諦めているだけじゃない。あとでうじうじ能書きたれて誤魔化してるだけじゃない。いいかげん寒すぎて口も動かないわ。早く。早く解凍して頂戴」
「君を解凍してあげたらどうなる?」
「寒くなくなるわ。私がね」
「それだけ?」
「そうね。それだけよ」
「少し待っていてくれ。人を呼んでくる」
「少しね。また私は十年待つのかしら?次に会う時はもう少しマシなお話ができるようになっいてね」
「……じゃあ」
静寂
「……さようなら……出来なくてもいいのよ。『わかった』と答えてくれるだけでいいの……」
いつもは無理だけど、もしこのマシン(機体)の後部座席に君をのせて飛び立てたのならふたりでこの空を駆け抜けてみたい。
機体の性能は脆弱だけど君を守るための装備は整備済み。
もしかしたらふいの追尾ミサイルを振り切れるかもしれない。君とならあの難攻不落の要塞を突破できる可能性もある。
そうしたら、ふたりで雲の上を人知れず飛んでみたい。
機体の強度は自然と増して搭載されたOSは自動アップデート、平衡翼は正常、エンジンの温度も調度良い、コクピットの中はなにか良い匂いがする。
何よりいつも気分が落ち着いている自分を展望できる。
イジェクションポッドを使う日まで飛ぼう。
まだ見ぬ空をも越えて行けるなら...。
そしてなかなか取れない胸にあるしこりをいつか浄化できることを願って。
坂道の多い町には八朔溜まりがあると言われるが、僕の住んでいる町にもそれはある。坂の道沿いに植えられている八朔が、季節になると坂に落ち、その坂を転がっていく。坂道の終着点に窪みがあり、そこに八朔は吸い込まれるように収まる。強風の次の日の朝は、四、五個の八朔を見ることもある。
また、その八朔溜まりの脇にはお地蔵様があり、傷んでいない八朔を見つけたら御供え物とするのが習わしだ。
私の町も坂は多いが、そんなものは無いと主張する友人もいる。そもそも、私の町で八朔を見たことがない、というのがそんな人たちの主な論拠だ。しかし、八朔溜まりは無かったが、ポンカン溜まりはあった、と連絡をくれた友人もいる。だから僕は、きっと坂道の多い町には必ずあるのだろうと思っている。もっとも、ある地方ではポンカンであるなら、場所によっては林檎溜まりでも良い、というほど話は単純ではない。おそらく、柑橘系の果物に秘められている何かが、八朔溜まりを作るのだろう。
この八朔溜まりは、話題に事欠かない。年寄たちは、どうやら八朔が坂道から転がり、すとんと溜まりに収まるのを見たら、来年、また八朔が実るまで死なないと信じており、季節になると、誰々さんは見たらしい。幸運ね、という話を寄り合いで耳にする。
また、小学生であれば夏休みの自由研究課題としては朝顔の栽培と並んで定番だ。
僕が担任をしているクラスの学生二人が、今年も八朔溜まりの研究をしていた。一人は、坂道の地図を描き、転がっていく軌跡を分析するというものだった。その地図は、地理の時間に習ったばかりの等高線もしっかりと描かれていた。もう一つの研究は、八朔だけではなく、ソフトボール、ピンポン玉、バスケットボール、父親から借りたゴルフボールなどを八朔の木の下から転がして、八朔溜まりに入るかを検証する、という研究だった。結果としては、ボールは八朔溜まりに入らない。弾力の違いに目を付けて、それを検証したのは素晴らしいかった。
坂道の多い町には八朔溜まりがある。これは信じていいことなんだよ。何故って、八朔を人間に置き換えてみたら、簡単に道理がいくことじゃないか。人生という名の坂道を転がり落ちて、窪みにすとんと落ちる。八朔溜まりに舞い込んだ八朔のように、周りを見回してみるといい。同じような人間がいるだけだ。
坂道の多い町には八朔溜まりがある。これは信じていいことなんだよ。
僕は恋をしている。
物心ついた頃から18になる
今まで何年も恋し続けている。
午前7時49分。
毎日この時間、最寄り駅に
彼女に会いに行く。
「おはよう」
周りに誰もいないことを確認して
小さな声でそっと呟く。
返事はない、彼女は
微笑むだけだった。
学校から帰宅し、この場所に
戻る頃には人が多くて
朝と同じように彼女に
声をかけることは難しい。
だから僕にとって朝は特別なのだ
7時59分に到着する
電車が駅に来るまで僕は
彼女にひたすら話しかける。
彼女は微笑んでいるような
少し困っているような表情で
何も言わず僕の話を
毎日聞いてくれる。
学校がない、土曜や日曜も親に
散歩に行くと嘘をついては
駅へ向かう。休みの日は
電車の時間を気にせず
彼女との時間を過ごせるので
僕にとっては至福の時間だった。
彼女と出会ったのは
ちょうど10年前
僕はまだ小学生で彼女は
ちょうど成人した年だったと思う。
私立の小学校に通う僕は
毎日電車を使い学校まで
通っていた。そしてある日
いつもは少し怖い顔をした
男の人ばかりいるこの駅に
彼女がぱっと現れた。
一目惚れだった。迷わず話しかけた。
出会った頃には彼女は
もう結婚をしていたのだが
最初の頃は大きな声で
話しかけてもなにも
問題はなかった。でも
僕が大人になるにつれ
人の目が気になるようになった。
学生の僕と既婚者の彼女が
長い時間一緒にいたら周りに
噂されるであろう
と心配した僕が朝の時間に
二人で会わないかと提案したのだ。
彼女は何も言わなかったが
いつもの困ったような微笑みが
少し嬉しそうに見えた。
でも、彼女はきっと僕が
彼女に恋をしているだなんて
気づいてはいないだろう。
僕も彼女にこの想いを
知って欲しいとは思わない。
ただ数十分だけでも彼女と
話をしていられればそれでいい。
彼女の微笑みをこれから先も
見続けていられるのなら
何もいらない。
僕は、彼女を愛しているから。
…電車の汽笛が聞こえた
もうこんな時間なのか…
彼女は10年前と何一つ変わらない
出会ったあの頃と
同じ笑顔で毎日この駅で
僕を待っていてくれる。
「じゃあ、もう行くね。」
僕がそう言うと彼女は
変わらぬ笑顔で僕を見つめる。
そして僕はいつものように
指名手配写真の中の女性に手を振って
改札に定期をかざした。
僕は罪を犯した。
それもただの犯罪ではない。ひとごろし、殺人だ。つい3日前、僕は自分の目の前で、僕の意志によって他人の命が消えるのを見た。
事の発端はよくあることだった。決してアクションムービーや時代劇のように、正義だのなんだののためではない。誰しも触れられたくないことに執拗に介入されると嫌気がさすだろう。奴は、もうこの世にいないのだから今更悪口を言うつもりもないが、僕のそういう領域を侵害する才能だけは図抜けていた。
衝動殺人の場合、犯人は驚くほど迅速に逮捕される。限定された人間関係からの絞り込みもあるが、なにより物的証拠が山のように出るからだ。隠ぺいしようとしても完全に自分とのつながりを消滅させることは不可能と言っていい。このことに、僕は普段から気にかけていた。しかし、理解していることと実践できることの間にはこれほどまでに大きな差があるのかと、温度を無くしていく肉塊を前に愕然とした。
しかし、状況はいささか僕の味方をしてくれた。まず、現場が床に倒れている者の家だったこと。ここには以前何度か訪問したことがあり、自分を関連付けるような微細証拠が出ても不思議はない。そして、クッションを凶器にしたこと。特殊な器具でも、普段家主以外が触らないものでもなく、居間にあったクッションを顔に押し当てて窒息させたのだ。凶器からのトレースはひとつ目と同様の理由から不可能に近い。極めつけは、奴は掃除無精な人間だったことだ。恐らく住み始めてからこれまでまともな掃除をしていないんじゃないかと思えるほどに汚い家であった。
大丈夫だ。
僕は心の中で自分に言い聞かせた。と同時にその後の後始末をもう一度振り返った。当日は、奴の家ではコップとクッション以外には直接触れていない。コップは指紋をふき取ったうえで他のものとまとめて漂白剤に漬けておいた。出るときの内側のドアノブには、その日着ていた人工革のジャケット、安物の大量生産品だ、で開けた。奴の爪に僕の皮膚や服の繊維が入っていないことも確認している。
大丈夫。なんとかなる。
僕は周りの人間に悟られないよう、できる限り平常心を保ちながら仕事をつづけた。突如、僕の心の中の喧騒を知ってか知らずか、新しい仕事が舞い込んできた。僕は鑑識課専用の紺のキャップを手にいつもと同じ神妙な面持ちで現場に向かう。3日ぶりの現場に。
それはみんなとは違う容姿でした。
それはみんなに笑われて、除け者にされ、いつも1人ぼっちでした。
それはとても悲しかったですが、とくに怒ることもなく静かに、静かに去って行きました。
それはいつも決まった場所に向かいました。
そこは、とても安心で、安らげる場所だったからです。
『またここに来たのかい?』
『うん。』
『あなたも飽きないなぁ、一緒に居たってつまらないだろう?何せ、動けないからね。』
『それでも、きみは普通に接してくれるだろう?それだけで、とても特別な事だと感じるんだ。』
それはこうして、なんてことは無い普通の会話を
幸せだと感じていた。
『ベッドタウン○月○日新規オープン!』
動けないきみが居た場所は
無機質な素材で出来たモノに変わっていた。
きみが確かに存在していたであろう、切り株だけはそのままになっていた。
ぼくはそこにしがみつき、2度と離れることは無かった。
そして、それはみんなから嫌われていたが
みんなが見上げるような綺麗な桜になりました。
ある朝弟はパパに尋ねた。
パパの足はどうして臭いの?
仕事で疲れて眠くて仕方ないパパはこう答えた。
お前達の為に一生懸命働いてお金を稼いでいるからだよ。
なるほどぉ。
だからパパの足は臭いのかぁ。
弟はそれで納得した。
ある朝弟はママに尋ねた。
どーしてママはいつも元気いっぱいなのー?
それはね、ママはお洗濯をしたりごはんを作ったり
あなた達と一緒に遊んだり沢山したいことがあるからよ。
なるほどぉ。
だから、ママはいつも元気いっぱいなんだねぇ。
弟はそれで納得した。
ある朝
弟はおばあちゃんに尋ねた。
どーして、おばあちゃんの手はそんなにしわしわなのー?
するとおばあちゃんは答えた。
これはねぇ、おばあちゃんは生きてきて沢山幸せになったしょうこなんだよう。
しわしわな分だけおばあちゃんは幸せなんだよう。
なるほどぉ。
だからおばあちゃんはいつもニコニコしてるのかぁ。
弟は納得した。
ある晩の日
弟は俺に尋ねた。
どーしてお兄ちゃんは
生きていて何も生産性がないくせに毎日毎日起きてネトゲしてアニメ見てニコニコしながら2ちゃんスレ開いてるの?働けよゴミ屑。今年30過ぎるだろ?賢者か、賢者を目指してるのか、このマダオ。いい加減社会の荒波に揉まれてこいよ。お前の才能はいつ開花するんだよ。
俺は泣いた。
水嶋桃奈の人生は輝いている。
多くの人間が生きていく過程で諦めてしまう夢を彼女は現実にした。
アイドル。それは自分の元気を他者に分け与える活力みなぎる慈善事業だ。
彼女は誇りを持っている。何千何万もの鉛玉のような目をした男たちの前に立つということに。
彼女は誇りを持っている。笑顔を振りまくだけで財を生み出す自分の価値に。
彼女は誇りを持っている。明日もアイドルでいるために毎夜変わる男たちに貪られる自分の身体に。
駅から離れた安アパートに帰った彼女はいつ買ったかも忘れてしまったカップ麺を啜り、申し訳程度に作られたベランダでタバコを燻らす。満天の星空に溶けていく毒煙はどこかで見たような鉛玉になった彼女の目に美しく映った。
水島桃奈の人生は輝いている。今日も鈍く鈍く。
この度僕は某デパートのスーツ売り場の面接を受けた。昔から、何となく格好良いなと思っていて、アルバイトを始めるならスーツ売り場かなと思っていたからだ。まだ採用の通告は来ていないが、今日そのスーツ売り場に行くことにした。
いざ言ってみると、スーツ売り場だから、やはり男性が多いのかと思っていたが、違っていた。逆だ。逆に9対1の割合で、女性が多いのだ。ここまでは、ただ、そうなんだ、と思っていた。
向こうの方はどうなっているのかと気になり、騒がしいワゴン台の前まで来た。主婦達の醜い怒号が聞こえてくる。特に大きい声が聞こえた辺りからは化粧の濃い中年女性たちが争っている。あんたこれ私が先に掴んでたでしょ!? うるさいわね私のよ! 片方の小太りの女性は、同じことの言い争いに痺れを切らしたのか、ハンガーで相手のやせ細った女性を攻撃した。そのハンガーが目に入ったらしく、痩せた女性はわざとらしく短い悲鳴を上げる。小太りの女性はしてやったしな顔をしてレジの方に消えていった。そこまでして欲しいものなのか、と僕は無意識に思う。実際、鏡に映った顔には苦笑いが浮かんでいた。あわてて表情を戻す。流石に感じが悪いだろう。しかし、この主婦達がたかがスーツ如きのために品性を底辺に突き落としていることは紛れもない事実。もはやここはスーツ売り場ではない。理性を忘れた野生動物達の動物園だ。飢えた野生動物達は、食料、すなわちスーツを求め争う。醜い、醜すぎる。これがスーツを買う人間の在るべき姿なのか? そんなはずはない。そんなはずはないはずだ。スーツ売り場はもっと落ち着いて、静かな場所であろう。僕はそう信じて店を後にした。
「え、採用ですか?」
『ええ、シフトの時間を決めていただきたいので、今日来て貰えますか?』
「あ・・・良いですよ、はい」
とは言ったものの、あまり足を運びたくなかった。昨日見たあの光景。最低な人間達。正直、あんな所で採用されたくはなかった。しかし行かないわけにもいかない。重い足を引き摺って家を出た。
そこから先は地獄だった。無理矢理深夜のシフトをぶち込まれ、毎日過酷な労働を強いられた。僕が夢見ていたスーツ業界は、このようなものだったのか。耐え兼ねない苦痛に、僕は退職届けを出すことを決意した。
退職届けを左手に、僕はデパートの前に立っていた。
無意識に、右手の人差し指と中指、薬指の3本を空に向かって突き立てていた。
部屋に戻ると彼女は料理を作っている。家康が静かにその痩せた背中を見る。
「単なる包みでしょ?」
そう言う彼女の背中を見ながら、包み本体よりも包みに恐怖を感じていない彼女の方が恐いと家康は考えている。とても正常ではいられそうにない。だから、料理もそのままに、泊まっていくと言い張った彼女をむりやり帰すことにしたのだ。彼女の帰った後、彼女の触ったもの全てをゴミ袋に入れ部屋から出した。もちろん、彼女の持ってきた缶ビールも飲む気にはなれなかったので、そのとき一緒に捨てた。
翌朝。昨日の出来事が悪い夢であったなら良かったのに。家康はそう思うと同時に目を開けた。事の原因が彼女に対して元からあった嫌悪(性交の際、立ち上る彼女の匂いにむせた経験)だったのか、包みへの呪縛が家康を狂わせてしまったのかを自身に問うた。彼女に悪いと思う気持ちは十分にある。それでも、結局はもう、彼女に会うつもりはなかった。ただ、別れる理由は彼女に言えるはずはない。だから、このまま連絡を絶って、それで終わりにしようと決めた。なるべく静かにベッドから出て立ち上がる。着ていたTシャツの匂いを嗅ぐ。家康の脳裏に包みのイメージが重なると、嫌悪で自身の匂いに堪えられなくなってしまう。そして、脱いだTシャツは昨日部屋の外に出したゴミ袋へと捨てた。
Tシャツを着替えると、宅配業者が包みを持って現れた。送り主には母親の名前。宅配の包みを開けた家康は中身を見て怯え、反動でその包みをガムテープでぐるぐる巻きにした。新品だったガムテープ一巻を全て使い切り、それでも不安で別のガムテープを探して結局見つからない。ぐるぐる巻きの包みとガムテープの芯を例のゴミ袋へと捨てる。それから、石けんで散々手を洗う。石けんがなくなると今度はシャワーを浴び、まだ半分残っていたボディソープ全部を使い切った。シャワーの後、今まで着ていた衣服とボディソープの空ボトルも例のゴミ袋へと捨てた。
新のシャツに着替え部屋の鍵を閉める。そこで、電話が鳴る。彼女からの電話を無視した家康は、握りしめていたスマホ自体もゴミ袋へと投げ入れ、その口をきつく縛った。全ての入ったゴミ袋とショベルを持った家康は車のドアを開けながら、どこの山がいいだろうかと考えている。不法投棄だからなるべく見つからない場所を探さなくてはならない。ゴミ袋の中でバイブの振動は続いているが直に止まるだろう。
ハロウィーンが日本に定着して15年ほどたっていますか。子供がお化けの格好をして、お菓子欲しさに各お家を回り、「いたずらしちゃうぞ」と近所を練り歩く。アメリカでは小学校高学年まで、テイーンエイジャーは卒業だったのが、日本ではおじん、おばんまでデーモン閣下になってしまう季節。家々の大人は子供に与えるお菓子を用意しておけばよかったのに、いまの仮装大会の大騒ぎは迷惑ですね。銀座の娘たちはあこがれのコスプレに身を包み接客をしますが、今の若者は幼稚園でハロウィーンを経験しているため、派手な格好を経験済みでそのまま子供に戻っているのかなあ。
この時期年末に向け日本に一時帰国する海外駐在員もクリスマスシーズンは動けないため、商用で帰国、来年の展開などを本社と協議するなどの重要な時期でもある。そのため、幹部社員が帰国する、顧客訪問を兼ねて、経済動静も確認する時期となる。しかし今年は景気回復の見通し悪く、政府の不透明なゴリ押し政策で、景気対策は置いてけ堀、さらに大手企業の粉飾決算や、偽装工作で、内外も大企業の社会的信頼度がかけている、景気が悪いため、銀座の顧客も相変わらずのITバブル化系企業が多く、少々品の落ちた紳士があふれている。さらに年配の社員が若者を教育する機会が少ないため、酒の飲めない若者は身銭を切って、顧客接待の経験を積むことなど皆無である。時折ひどい接待現場に遭遇する。接待受ける客が舞い上がり、娘たちへ悪行をし尽す者、接待する側が泥酔し、場を壊す。長い固定客にはならないであろう一見客が横行する。常連客が、気の合った客だけを誘い来店する為、新しいメンバーが増えない、従ってお店の成績も上がらない。大変手痛い時期である。
東京オリンピック関連受注に盛り上がった建築業界も見直しが続き、きついお仕置きが待っている。おもてなしの精神で来訪者の増加が堅調で予想外の利益をもたらしている観光業界も急に日本のイメージが上がり、観光客の宿泊施設が追い付かない。様々な目論見が試行錯誤するこの頃。季節は一気に冬に向かっていくのである。
半世紀この業界に君臨した銀座の母は言う。店が顧客を見抜く、顧客は信頼できる店を見抜く。利用する側は、接待先の昼間の取引の見返りを待つ。そしてお礼に今晩如何?と。この連携が日本経済を支えてきた。昭和のサラリーマン、平成のスーパー経営者、次の時代は誰が作る?と。
夜の底にある時空の歪みについて考えてみたいのです。あるいは夜の底なんてものは存在しないかもしれない。なぜなら夜は永遠に続いてはくれないから。まあそれはいい。時空の歪みの話。本当に何処かへゆける気がしませんか? 強く強く願えば、真っ暗な夜の不思議な引力があなたを違う世界へ連れていってくれる。たとえばあなた。毎晩、毛布にくるまってつらさを噛み殺していますね。いえ、あなたの悩みを聞く気はありませんよ。ただ勧めているだけです。あなたが願うなら、そうですね……。1622年のアルプスの牧童、といったところでしょうか。少し具体的すぎましたかね。あるいはそれに準ずる何か。いざ時空の歪みをくぐり抜けたときに牧童ではなくても文句は言わないで下さいね。自我が強い人は自分のまま時空の歪みを通り抜ける場合もありますから、まあ蓋を開けてみないとわからないということですよ。
……、そうそう、そうだった、あなたに勧めたいのは強く願ってみなさい、ということなのです。自分が夜の底だと思う時と場所でね。ただし、生き方を変えないとその辛さは除かれないかもしれない、とだけ言っておきましょう。解りますか? まあ、今はいい。とにかく、伝えましたのでね。
夜は何も見えないから何処へでもゆける。
1978年の田舎へ、1752年のアメリカへ、紀元前9000年の大森林や洞穴へ、2109年のあなたのものだった町へ、何処へでも。
捜し物をしているのだと言った。きみを開かせてくれないかと。それでわたしはうなずいた。たぶん同じものをわたしも探している。
かれは丁寧にわたしの身体に刃を滑らせた。肌が開いて紅い血が滲み出す。わたしはそれを何の感慨も覚えず見つめていた。かれも特に表情を変えることはなく、何も口にしなかった。
かれは丁寧にわたしの身体を切り開いていった。開いた口を水で洗い、溢れ出る血液を吸水器で吸い取る。繊維が絡みつくようにして、わたしの体内は形をなしていた。かれが刃を動かすたびに、その複雑に絡み合った繊維が一本の糸に分かれていく。
わたしは、と、わたしは言った。何でできてるの。
ぼくの捜し物、と、かれは言った。
首から一条の糸だけを残し、わたしの身体はわたしから離れた。かれはわたしの頭を丁寧に横向きにして自分のほうを向かせ、すべての作業をわたしに見せくれた。
ほどかれていくわたしの身体。床に落ちていくわたしの糸。
何を捜しているの、とわたしは言った。
きみと同じものかな、とかれは言った。
わたしの瞳に映っているのは、分解されていくわたしの身体。もうわたしの意図では動かないわたしの糸。屑として処理されていくわたしだったモノ。
捜し物は見つかった? とわたしは尋ねた。
かれは答えずに、わたしに軽い口づけをした。
わたしはかれの口内を吸い、見つけ出したかれの小さな糸を、その舌に絡めた。
俺は25歳まで順風満帆な生活を送ってきた。ある事件が起きるまで。
それは秋の夕暮れ時、一台のくるまが俺に向かってはしってきた。
スピードを緩めることなく、俺を吹き飛ばしどこかへ逃げてしまった。
俺は今にも倒れそうな体を引きづりながら家に帰り母に助けを求めた。
「助けて。痛いよ。」 と言った。すると母はこっちにきて横になりなさいと言って、俺の両耳の裏に手を回し、お面を取るかのように俺の顔を取った。俺はわけもわからない。なぜ取れるのか?あー人間ってこういう仕組みなのかとも思った。そして修理が終わり、顔を戻され母は俺に言った。
「お前は小4の時に大事故に遭いこの身体になってしまったんだ。少し頭が良くなっただろ?周りがお前を見る目がおかしいだろ?それはそのせいなんだ。今まで言えなくてゴメンね」と言い母は泣いた。
俺は全てのつじつまが合ったと思った。そして俺は人間ぢゃないんだ!とさとった。泣いた。今まで関わってきた人、友達、みんな俺をそんな目で見て関わってきたのかと思うととてもさみしくなり涙が止まらなかった。
そこで目が覚め、俺はいつもの毎日を生きていく。何かを求めるわけでもなく、ただ生きていく。俺は一体ダレだ。
乙女の汗はシングルモルトでできている。額に浮かんできたら気を配って、流れ出す瞬間に口に含むべし。乙女はあはんとひとつあえいで頬を染めるであろう。唇がふるると揺れたらもう少し、乙女の口からもう少し動いておきたいだかなんか言う。その通り、ホットヨガははじまったばかりだ。
会長、ちょっといいですか。なんだね、今乗ってきたところなんだがね。乙女の衣装ですが。うむ。レオタードでしょうか?いいか、レオタードはミスミドルの皮膚に張り付いている繊維のことだ、乙女は黒パンストと決まっているよ。会長、黒パンストの下には何を?きめの細かいチェックの三角、もしくはなにも穿いていない。穿いていないんですか?乙女はフィット感を重視する、フィット感を得るためには外見など気にしないのだよ。なるほど、よくわかりました続けてください。
乙女は両足を広げて寝そべる。アスファルトは冷たく気持ちがよい。関節を十分にのばし、息を長く吐く。長く吐く。乙女の息がかかるとぼくの鼻の穴は広がる。乙女の匂いを一つ残らず回収するために鼻は自然と広がってしまうのだ。黒パンストは徐々に食い込みを見せる。乙女のデリケートゾーンは無邪気にこんにちは。そういえば妙な音楽がかかっている。ゆったりしたリズムで、日本語でない複雑な言語の歌。乙女はそれに合わせて動いているように見える。
会長、ちょっといいですか。なんだね。アスファルトの上でやってるんですか?そうだよ、冷たいからね。夜?もちろん、夜更け過ぎだ。通常、ホットヨガは室内でマットの上で行うのでは?マット?ええ、ヨガマットです。そうかマットか、なるほどなるほど、それはいいことを聞いた。知らなかったんですか?
マットの上に黒パンストの乙女だ。洗面器一杯のローションが傍らにある。
会長、ちょっといいですか。なんだね、もちろん室内だよ。いやホットヨガじゃなくなってるような。何を言うんだい、マットの助け舟を出したのはそっちだろうが。いっときますがヨガマットは薄っぺらくたいてい狭いですよ。いいんだよ、薄かろうが狭かろうが、黒パンストにローションで十分成り立っているから。どう成り立ってるんですか一体。つまりね、これはあくまでもホットヨガだ、未成年淫行にはならないわけだ。いやいや、会長、乙女は未成年ではありませんよ。なんだ君、僕に逆らうのか?乙女は30からです。いや自分、逆に気持ち悪いわ。
「今日は冷や奴にしよ」と言ったら、いっちゃんがちょっと嫌そうな顔をした。冷や奴が嫌いには見えなかったけど、実は嫌いだったのだろうか。それとも、時期的には湯豆腐だから?
不服そうないっちゃんはそれでも「いいけど……」と、安売りしているパックの豆腐を2個、カゴに入れた。
スーパーから帰ってきて、いっちゃんはパックの豆腐を取り出して、蓋を開けた。
「もう食べるの?」って聞いたら、「夕飯でしょ?」って返ってきた。
いっちゃんはサッと豆腐を水にくぐらせて、ボールの中に入れる。もう1つ袋から取り出して開封しようとしているのを見て、オレは「豆腐って、洗って食べるの?」って聞いた。
「え?」といっちゃんはキョトンとした顔でオレを見た。それから、「あ〜」って笑った。
「洗うって言うか、灰汁出し? みたいな」
「豆腐って、灰汁出る?」大真面目に聞いたオレに、「ま〜、灰汁が出るわけではないけど」と困ったような顔をした。
「灰汁っていうのはただのイメージで、水にさらした方が美味しくなるのはホント」と言って、いっちゃんはパックの蓋をビリッと剥ぎ取った。
「ホントかどうか食べ比べたい」と言ったオレに、やっぱりいっちゃんは嫌な顔をした。それでも「わかった」と言って、蓋を取ったパックの豆腐に渋々ラップをかけて冷蔵庫にしまってくれて、それが今食卓に並んでいる。「これがパックからそのまま出したやつで、これが水にさらしたやつ。食べてみ」といっちゃんが静かに言った。
パックから出したままの豆腐より、水にさらした豆腐のほうが甘くて美味しい気がする。
オレの様子を見ていたいっちゃんが、「わかったでしょ? 水にさらした方が豆腐は美味しいんだよ」と言って、パックらか食卓に直行してきた豆腐を持って立ち上がってキッチンに向かう。
「これは、また明日ね」と言って、水の入ったボールに豆腐を入れる。
「どうして?」と戻ってきたいっちゃんに尋ねたら、「水にさらした方がにがりの苦みが取れるんだって」っていっちゃんが教えてくれた。
「零くんにはいつも美味しいもの、食べてもらいたいの」っていっちゃんが呟いた。
それが嬉しくて「あ、ありがと」っていっちゃんを見たら、赤くなっていた。そんないっちゃんを見たら、恥ずかしくてオレまで顔が赤くなったじゃん。
「今日は、冷や奴でよかったね」っていっちゃんが言った。
「そうだね」って、オレは熱がこもった体に冷たい豆腐を入れた。
海際にある黄土色の岩棚を歩く。ところどころ濡れていて足を滑らせそうになる。小さな潮溜まりを覗きこむと、わずかな水にすがりつくようにして海草や小さな貝が生きている。遠くからは平らに見えるこの岩棚は、人工物ではなく一枚の地層らしい。表面には灰色がかった蛇が何匹もうねりくねっている。そのうちの一匹の膨らんだ腹を、分厚い靴で踏みつけてみると、意外にも固かった。
「こういう形の岩なんだ。生き物の巣や這った跡が化石になったものなんだよ」と父は言った。「君が生きて死んで生きて死んで、何万回もそれが繰り返されるくらい途方もない時間をかけて固まったんだ」
「父さんなら固まるところ見れる?」
「どうだろう。耐久年数が長くないから、故障して交換してを繰り返すだろうね」
ゆっくり首を回してメット越しに景色を眺める。空は澄んでいてどこまでも遠く、岩棚の端で波が砕けて飛沫を上げている。強めの潮風がちぎれた雲を運び、傾いだ松林を撫でていく。私は、シェル・スーツに覆われた太い腕を振ったり、足で水を蹴って遊んだりした。
「ねえ父さん」
「なんだい?」
「私の生きた痕跡は残るのかな」
「もちろん、残るよ」
「でも誰にも見つからない痕跡は、残っていないのと同じじゃないのかな」
「じゃあ私が見つけよう」
「見つけられないよ。父さんは全部記録しているんだから」
フィルタリングされた波音を聞きながら、父が教えてくれた百年前の歌を口ずさむ。日が傾き、じわじわと海面が上昇する。
「そろそろ時間だ」
「これからどうするの? あのボート燃料切れてるんでしょ?」
「大丈夫、船着き場で補充できる。やりかたを教えよう」
「父さんがやればいいのに」
「私にできるのはボートを運転することくらいさ」
「戻ったらまた探すの?」
「そうだね」
転ばないよう注意しながら岩棚を後にする。
おそらくここには、父がまだ柔らかかった頃の大切な思い出があるのだろう。記録と化し、二度と思い出されることのない記憶。私はその痕跡を見つけることができなかった。
いつかまたここを訪れよう。その時は、この分厚い殻を破って、足の裏で直に岩に触れてみたい。体を覆う小さな潮溜まりから飛び出し、海の温度を感じたい。生き物たちの匂いを嗅いで潮風に髪をなびかせたい。私の隣には誰かがいるのだろうか。いまだ父に見つけられていない誰かが。
振り返ると岩棚は完全に沈み、太陽もゆっくり海に落ちようとしていた。
2015年5月7日(木)カラオケへ行く。12時47分1000字小説「短編」の執筆を止めて出立する。O葱坊主サークル仲間が活躍す。かつ丼屋を過ぎる。季語は「葱坊主」。まだ晩春の季語が残って居た。O捨てられし雑誌の類(たぐひ)薄暑光。「薄暑光」は初夏の季語で晩春の季語と初夏の季語を使い分ける。O学園の看板見えて葱坊主。受験予備校が見えて来ると国道の右も左も葱坊主だらけで、豪勢な感じがする。片側二車線が両側二車線に成り、追い越しやスピードの速い車が増えてはらはらどきどきする。何時も行き帰りに北側に見える著しく背の高い塔。塔の一番上の「〜のかおり」の看板。この看板は何時からあったのか少なくとも俺が成人してからだ。「ホットモット」を過ぎると「白山」交差点。石川県に居ると勘違いしそうになる。ここでは以前急ブレーキの餌食に成りかかった所である。2011年の11月半ばだった。信号の変わり目だったのか事情は忘れて仕舞った。結局カラオケに辿り着いて一番初めに歌った曲は岩嵜宏美の「思秋期」だった。