第159期 #12

銀座・仁坐・巴坐

巴里は燃えている。憎しみの連鎖、イスラム教徒の葛藤、数世紀の時空を超えて、反乱を起こした、そのために他教徒の大都市が標的になり血で血を洗う殺戮に。テロとの戦争とは、軍人であれば許される殺人が、テロリストは絶対に許さないと、都合のいい話、海外へ武力行使をすることを容認する憲法解釈の変更をする、先進国と言われる我が国も寛容の心を置き去りに。
2001年9.11、吉田はアメリカにいた、2005年7.7、ロンドンで地下鉄や路線バスが標的に、何故このような体験を受けられたか? 意に反してに命を奪われる理不尽な環境に接して何とも言えない空気を体験した。皆にその体験を伝えるために。そして2015年、パリが、次は2020年に東京か?
我が国のトップは人の悼みがわからないチンピラの弱いものを無視する精神にみなぎっており、弱いものに手を差し伸べることができない大人はもっと若者に学ぶべき、70年前の戦争の反省もまともにできない大人が、2011年の自然の牙に対置打ちできず、原発事故も対策ひとつ進められずに、過ちを繰り返そうと、再稼働を認める始末。国民の生命と財産を守るためとは、国家を守るため、秘密保護のもと、国を守るために、国民は命をさらけ出し、個人の身の安全は国の名のもと犠牲になる。一歩ずつ戦前の国粋主義に戻り、平和憲法は不要とすべてを国のためにと、災害救助隊は国家防衛のために軍隊となって兵隊の生命も国民の生命もどこかの国の指導者により、危険にさらされる、これではイスラム国の指導者と同じではないか?「目には目を歯には歯を」を自でいく間抜けな論法は、若者の見本には到底なれない。
年末を迎え、銀座のクリスマスシーズンは世界一の輝きを放つ、男と女の愛を育む社交場として君臨する。人を愛せれば、お互いを思いやり、足りないところを補うために、好きな人の気を引くために努力をする。気持ちよく酔えるように、酒の苦手な人も気持ちを大事にされると、すべてを許す気持ちになる。癒し、おもてなしの世界である。客を客と思わず、給料をもらうのはお客様でなく、店のボスだと豪語する国もある。それでは誰が誰に心を許すのか、最高級のサービスに対価を払い、客も最大限の包容感をもって接客に応じるのである。この気持ちの余裕があれば、家庭でも会社でも、どんな社会でも寛容の気持ちは育まれると信じている。
世界の銀座は人類の愛と平和のために。



Copyright © 2015 Gene Yosh (吉田 仁) / 編集: 短編