第158期 #9

ハンガーゲーム

この度僕は某デパートのスーツ売り場の面接を受けた。昔から、何となく格好良いなと思っていて、アルバイトを始めるならスーツ売り場かなと思っていたからだ。まだ採用の通告は来ていないが、今日そのスーツ売り場に行くことにした。
いざ言ってみると、スーツ売り場だから、やはり男性が多いのかと思っていたが、違っていた。逆だ。逆に9対1の割合で、女性が多いのだ。ここまでは、ただ、そうなんだ、と思っていた。
向こうの方はどうなっているのかと気になり、騒がしいワゴン台の前まで来た。主婦達の醜い怒号が聞こえてくる。特に大きい声が聞こえた辺りからは化粧の濃い中年女性たちが争っている。あんたこれ私が先に掴んでたでしょ!? うるさいわね私のよ! 片方の小太りの女性は、同じことの言い争いに痺れを切らしたのか、ハンガーで相手のやせ細った女性を攻撃した。そのハンガーが目に入ったらしく、痩せた女性はわざとらしく短い悲鳴を上げる。小太りの女性はしてやったしな顔をしてレジの方に消えていった。そこまでして欲しいものなのか、と僕は無意識に思う。実際、鏡に映った顔には苦笑いが浮かんでいた。あわてて表情を戻す。流石に感じが悪いだろう。しかし、この主婦達がたかがスーツ如きのために品性を底辺に突き落としていることは紛れもない事実。もはやここはスーツ売り場ではない。理性を忘れた野生動物達の動物園だ。飢えた野生動物達は、食料、すなわちスーツを求め争う。醜い、醜すぎる。これがスーツを買う人間の在るべき姿なのか? そんなはずはない。そんなはずはないはずだ。スーツ売り場はもっと落ち着いて、静かな場所であろう。僕はそう信じて店を後にした。

「え、採用ですか?」

『ええ、シフトの時間を決めていただきたいので、今日来て貰えますか?』

「あ・・・良いですよ、はい」

とは言ったものの、あまり足を運びたくなかった。昨日見たあの光景。最低な人間達。正直、あんな所で採用されたくはなかった。しかし行かないわけにもいかない。重い足を引き摺って家を出た。
そこから先は地獄だった。無理矢理深夜のシフトをぶち込まれ、毎日過酷な労働を強いられた。僕が夢見ていたスーツ業界は、このようなものだったのか。耐え兼ねない苦痛に、僕は退職届けを出すことを決意した。

退職届けを左手に、僕はデパートの前に立っていた。
無意識に、右手の人差し指と中指、薬指の3本を空に向かって突き立てていた。



Copyright © 2015 桜 眞也 / 編集: 短編