第158期 #10

捨てる

 部屋に戻ると彼女は料理を作っている。家康が静かにその痩せた背中を見る。
「単なる包みでしょ?」
 そう言う彼女の背中を見ながら、包み本体よりも包みに恐怖を感じていない彼女の方が恐いと家康は考えている。とても正常ではいられそうにない。だから、料理もそのままに、泊まっていくと言い張った彼女をむりやり帰すことにしたのだ。彼女の帰った後、彼女の触ったもの全てをゴミ袋に入れ部屋から出した。もちろん、彼女の持ってきた缶ビールも飲む気にはなれなかったので、そのとき一緒に捨てた。
 翌朝。昨日の出来事が悪い夢であったなら良かったのに。家康はそう思うと同時に目を開けた。事の原因が彼女に対して元からあった嫌悪(性交の際、立ち上る彼女の匂いにむせた経験)だったのか、包みへの呪縛が家康を狂わせてしまったのかを自身に問うた。彼女に悪いと思う気持ちは十分にある。それでも、結局はもう、彼女に会うつもりはなかった。ただ、別れる理由は彼女に言えるはずはない。だから、このまま連絡を絶って、それで終わりにしようと決めた。なるべく静かにベッドから出て立ち上がる。着ていたTシャツの匂いを嗅ぐ。家康の脳裏に包みのイメージが重なると、嫌悪で自身の匂いに堪えられなくなってしまう。そして、脱いだTシャツは昨日部屋の外に出したゴミ袋へと捨てた。
 Tシャツを着替えると、宅配業者が包みを持って現れた。送り主には母親の名前。宅配の包みを開けた家康は中身を見て怯え、反動でその包みをガムテープでぐるぐる巻きにした。新品だったガムテープ一巻を全て使い切り、それでも不安で別のガムテープを探して結局見つからない。ぐるぐる巻きの包みとガムテープの芯を例のゴミ袋へと捨てる。それから、石けんで散々手を洗う。石けんがなくなると今度はシャワーを浴び、まだ半分残っていたボディソープ全部を使い切った。シャワーの後、今まで着ていた衣服とボディソープの空ボトルも例のゴミ袋へと捨てた。
 新のシャツに着替え部屋の鍵を閉める。そこで、電話が鳴る。彼女からの電話を無視した家康は、握りしめていたスマホ自体もゴミ袋へと投げ入れ、その口をきつく縛った。全ての入ったゴミ袋とショベルを持った家康は車のドアを開けながら、どこの山がいいだろうかと考えている。不法投棄だからなるべく見つからない場所を探さなくてはならない。ゴミ袋の中でバイブの振動は続いているが直に止まるだろう。



Copyright © 2015 岩西 健治 / 編集: 短編