第157期 #17

となりに座った人

あたらしい自分になりたいとおもったことがある。あたらしくなるんだから、オレはそれは朝であるべきだと思った。10分早く起きてみようと決めたんだ。だってさ、急に1時間とか無理だろ? 変わろうとおもって変われなかったら傷つくじゃない。だから10分だけ。それだけ早く起きようと決めたんだよね。

朝の10分ってさ、やってみなよ。けっこう苦しいだな、これが。最初の一週間は起きるだけだった。そう、10分前に起きたぞ! ってただそれだけ。でも手帳にね、まるをつけるわけ。これがうれしくてね。うん。なにがうれしいんだろうね。うれしいんだよ、まるがつくと。まるつけてるのオレ自身なんだけど。ラジオ体操を思い出すんだなあ。

ラジオ体操、いまでもあるのかな? ほら、夏休みにあったでしょう? 近所の公園にみんな集まって朝から体操するんだよ。このまえ平成うまれの子に聞いたらそんなの知らないって言われたよ。今は、やっていないのかもなあ。夏の暑い朝、朝からぞろぞろみんな集まってくんの。夏休みで、学校が休みだからうれしいはずなんだけどさ、どこかで淋しいんだね、子供は。それが朝からみんなと会えるわけだから起きるんだよ。それでハンコを押してもらえるんだね、ちゃんと来た子には。これがうれしいんだよ。

それであたらしい自分になれたか? たった10分の早起きでなにかがかわったか? うーん。どうだろうねえ。そのうち、起きて手帳にまるつけるだけじゃなくて、どうせなら知らない音楽を1曲聴いてみようかなって思いはじめてさ。ほら、今はYouTubeとかあるじゃない。無限に音楽が聴けるのに、案外みんな聴いてないよね?

こうしてオレたち出会っているじゃないか。ほら、お互い初対面だし、こうして話しかけているのもたまたまで、もしかしたらもう二度とあわないかもしれない。あうかもしれないけど、そんな出会いのときにね、一曲教えてもらおうっておもったんだよ。うん。何か思い入れのある曲を、いま教えてくれない? ほら、このリストみて。毎日ここから一曲選んできくんだ。

不思議なものでねえ、ただのナンパなら忘れてしまう一夜の出会いも、教えてもらった曲とともに残っていくんだよねえ。それはあたらしい自分なんじゃないかな?じゃあ君にとっての1曲をオレに教えてくれないか。その曲と君の思い出に、それからオレのあしたの10分間に、乾杯してもらおうじゃないか。



Copyright © 2015 宇加谷 研一郎 / 編集: 短編