第157期 #13
沁みるような濃いオレンジが空を塗る頃、僕は教室の自分の席に一人、腰を掛けていた。既に深い陰を落としている教室の角から、昼間には感じる事の無い、何処か禍々しい雰囲気があるようにも感じられるのは気のせいだろうか。勿論、蛍光灯をつければそれで良いだけの話なのだが、生憎今の僕はそういう気分では無かった。だからといってどういう気分なんだと言われればただの感傷なのだろうが、感傷とは得てして、外側から測るにはいささか無理があるのでは無いかと、また感傷
めいた言い訳がもっともらしく心内に連なる。
僕は通学鞄から一冊のノートを取り出すと、溜め息とシャープペンシルを数度ノックした。
...僕達はいつも、その脆くしぶとい肉体の中に空虚さを内容している。それは人ならば無くす事の出来ないそら寒い感覚。昔の日本人が言った無情もおそらくはこの類いなのだろう。いつだってその場所は渇れていて、埋めるものを求めてやまない。もっとも、普段は大抵気付かないし、気付いたとしてもすぐにまた忘れるのだが。
けれども時々、その感情が自分の大部分を占めてしまう時がある。タイミングは人それぞれなのだろうが、僕の場合は疲れている時だ。
そうすると哀しみがとまらない。
おいしいものを食べても誰かに抱き締めてもらっても、その瞬間しか満たされないのだ。今まで幸せだったその行為に喜べない。その気持ちを測るのに、多くの言葉は必要としないだろう......
僕はそこまで書いてから、そのページに大きくバツ印を書いた。力任せに書いたせいで、紙の一部には切り傷のような穴が開く。自分で書いておいてなんなのだが、利己的なその文面が、僕自身を嘲笑っているようにしか見えなくなってきたのだ。もう少し具体的に言えば、それは僕の考えがちっとも至らない事を、物的証拠としてノートに自ら残してしまったようにしか思えなくなったのだ。始めは自分の感情を整理するだけに書き始めた筈なのに、僕は僕にも見栄を張りたいのか。
何にせよ、どれだけ考えを巡らせても僕の考えには必ず穴が見つかり、詰めが甘く、何処かが欠けている。足りない...そう、足りない何かがある。早急にそう結論づけた僕は、ノートのズタズタのページをちぎると、新しいページにこう記した。
足りないものを見つけたような錯覚を起こす事が天寿なのなら、それは滑稽だな。
色を失いつつある淡い空で、烏は群がって笑った。