第157期 #14

夜の杯に想う

 例え暗闇でも君を捜し出せる。その手は永遠に離さない、と私は言った。それを聞いて彼女は涙を流した。
 こんなに愛されたことない、と彼女は言った。それを聞いた私は永遠の愛を手に入れたように感じた。安心しきっていたのだ。安らぐ気持ちは恋したときのそれと同じく盲目なのだ。彼女は愛されたことはないと言ったが、こんなに愛したことはないとは言わなかった。私は彼女の永遠になれなかったのだ。
 
 夜に酒を浴びるように飲む堕落した人間がひとり。過去に埋没するだろう私の恋心に祝杯をする。いや、献杯とでも言うべきだろうか。ここで如何にして酒に溺れられるか、朦朧とした記憶の中で如何にして彼女を眼前に描けるか自分自身を試してみる。
 「これで終わりにしたい」とつぶやき目を閉じる。
 2人にとって最後の日の情景が浮かび、無形の憎しみすら再現性高く蘇る。嫌いになりたい、そう強く願い杯の日本酒を飲み干す。すると、大脳辺縁系に記憶されているシャネルの香水の匂いが蘇った。あれだけの憎しみを抱えているのにまだ、その残り香をまとい続けたいもう1人の自分がいた。愛しいと想うその心も荒ぶる感情も全て彼女へのせめてもの足掻きだった。

 永遠のはずであった心の支柱を無くした私が崩壊するのを君はありありと見せつけられるだろう。それを見て何を思うだろうか。恐らくその寸劇を微笑み傍観するだろう。君が微笑み生み出す最たるサディズムが私のマゾヒズムを擽るのだ。その快感が忘れられず、蟻地獄の如く這い上がれなくなる。君の魔力に陶酔していくことで、また憎いはずの君を愛してしまうのだ。そして気づくのだ。どうやらその連鎖にはまる己が愛しいのかもしれない、と。



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