第156期 #6

カフェの面影

 ふと思い立って、恵比寿のカフェに足を運んだ。昔、付き合っていた恋人が私を待つために時間をつぶしていたカフェだ。

 あの日は上手く連絡を取り合うことが出来ず、そのカフェで会うことはなかった。今日も勿論、恋人はそこにいなかった。しかし、一年前の夏、私を想い確かにこの場所に存在していたのかと思うと、何故だか息苦しく複雑な気持ちになった。あの気持ちは、今はどこかに置いていかれ、恋人はその気持ちを忘れている。それは、偶然なのか必然なのか私には分からない。確かなことは、今、恋人は私を想っていないことだけだ。しかし、それで良いのだ。お互いの道を歩くことがお互いのためになることは相互で理解している。結ばれてはならないからこそ惹かれ合ったのかもしれない。禁断の果実には賞味期限があるようだ。
 最後の悪夢をのぞけば、全てが美しく永遠と愛すことのできる想い出であった。恋人は最後の最後で失敗を犯したのだ。静かに気持ちの変化を受容したかったのに、恋人の詰めの甘さが私の逆鱗に触れたのであった。一生、怨みたいとすら思った。

 何故こんなことになってしまったのだろう。

 自分にも悪所があったのだろう。我慢できなくなった恋人は新しい人に心の拠り所を見つけ簡単に気持ちを上書きし、データ保存を行ったのだ。悪である。精神悪党を骨の髄まで愛し、恋愛という名のゲームにのめり込んだ自分は世界で最も愚か者であるように感じた。いや、そうに違いない。恋人は自分が世界一の愚者であることを恋愛の名の付くゲームで教えてくれたのだろう。精神悪党に御礼を言っても良いと思った。



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