第156期 #16
最初は気づかなかったのだが。
散歩道の途中にだらだら坂がある。その坂道の途中に小さな公園がある。
そこには男がひとり立っている。人待ち顔の男は、いつもぼんやりと道を眺めている。そして、私を見ると声をかけてくる。
「はじめまして」
薄気味悪く思い、初めて声をかけられたときには素通りした。
それからも毎日毎日、まるではかったかのように、散歩の途中でその男に出くわす羽目になる。男は私の顔を見るたびに声をかけてくる。
「はじめまして」
何度も続くと、こちらのほうも慣れてくる。それどころか、だらだら坂をのぼりながら公園が見えてくると、つい男の姿を探してしまったりする。
ある日、いつもと同じように声をかけてきた男に、私も挨拶を返してみた。
「はじめまして」
それで何がどう変わったというわけではなく、私たちの関係はそれまでとほとんど変わらない。散歩の途中に人待ち顔の男を目にして、お互いに相手に気づくだけだ。
ただ、挨拶をするという習慣がそれに付け加わった。
「はじめまして」
何度会っても、同じ挨拶を繰り返す。もしかしたら同じ男に見えるけれども、毎日別人が立っているのかと考えることもある。男は誰を待っているのか。いつも待ち人には会えているのか。そもそもなぜ私に声をかけ始めたのか。聞きたいことは山ほどある。けれども、私は男にそれを問わない。ただ判を押したように、毎日同じ挨拶を繰り返すだけだ。
「はじめまして」
そうして、今日も一日が終わる。病を克服するために始めた散歩だったはずだが、存外楽しいものになっているのは、男がいつも私を待っているせいだと思う。
そして、私も待っているのだ。明日になってまた男に会えるときを。