第156期 #13
半径一メートル以内に入らない遊びが流行っていた。俺たちの始めた遊びはいつしかクラス中に広がった。そうなると俺たちはその遊びの興味が削がれる。だから、ヨシユキに矛先が向くのは自然の摂理のようでもあった。ヨシユキに近づき、一メートルくらいの距離になるとバスケのディフェンスのように両手を広げて円弧を描くようにすり抜ける。そのとき仲間がわざと俺を突き飛ばそうとして俺はそれを必死にかわす。失敗した俺がヨシユキに触ってしまうと、その呪縛は女子(異性)にタッチするまで逃れられない、そんな遊びである。弾みでヨシユキが鼻血を流しても、ヨシユキは血まみれになった歯を見せてニタニタ笑うだけである。
その朝は雨。憂鬱な俺が教室に入ると、その横をディフェンス姿勢の陽子がすり抜けていった。一瞬、俺は何が起きたのか分からなかったが、陽子とそのグループが遠くで俺を見ながら笑っていたので、ははん、あいつら俺を遊んでやがるな、と合点がいった。それなら、と俺は仲間のタケトらがくるのを待って陽子らに攻撃をしかけようと考えた。狙うはクラス全員だ。陽子を狙ったタケトの肩を俺が押すと、タケトは近くにいたカオリにタッチした。カオリは軽く悲鳴をあげた後、猛ダッシュでヨシユキに近づいていく。俺はその方向に突進してヨシユキにぶつかる前のカオリに体当たりした。バランスを崩しながらもカオリはヨシユキにぶつからず上手くかわす。そして、近くにいたトオルにタッチ。トオルは巨大ロボのように拳を握りしめ、甲高い声をあげながら陽子に近づいていった。陽子はトオルのディフェンス姿勢を同じディフェンス姿勢でかわす。体制を崩したトオルとぶつかったユキエの腕が俺に当たる。だから、ユキエはヨシユキにタッチ。ヨシユキは俺を見ながらニタニタ笑っている。どうやら俺をターゲットにしたようだ。そんなの百年早い。俺はヨシユキのディフェンス姿勢をかわす。しかし、今日のヨシユキはいつものヨシユキとは違っている。動きが俊敏なのである。俺たちはほぼ互角のようだ。そんなヨシユキの背中を誰かが押す。それでヨシユキはバランスを崩し俺に触れた。俺は誰かにタッチしなければと思ったが、体の反応はヨシユキの方が数段速かった。ヨシユキはニタニタ笑いながら近くにいた陽子にタッチ。ヨシユキとタケトが俺を見て笑っている。そこで目が覚める。外には静かな雨音。腹痛はないが学校は休みたい。