第156期 #12

覆面レスラーの夢

「脱ぎたい」
ずっとそう思ってきた。事務所との契約で私が覆面レスラーになって八年。私は本名でやりたかった。リングネームを否定するわけではないけれど個人的には本名でやりたかったのだ。ところが社長は「お前の顔には華がない」と言ってマスクをそっと差し出した。そして私はその日から覆面レスラーとして生きてきた。
覆面レスラーはマスクを被ってこその覆面レスラーである。だからプライベートで買い物に行っても差し支えない。単にガタイの良い人である。テレビ中継の入った試合にも出たことがあるのに、息子と見学しに行った近所の空手道場で「お父さんもどうですか?」とスカウトされたりした。
日に日に脱ぎたさが募っていった。社長に直談判しに出向いたが「サマーバージョン」とひと言だけ言われ夏のイメチェン用マスクを進呈された。
洗濯されて干されたマスクを眺めながら強風で吹き飛べと念じた。何の意味もない。社長は既にクリスマスバージョンの制作に取り掛かっていて、代わりにそれを被るだけだ。幼い頃に近所の人たちから「可愛らしいお顔ね」と囃し立てられた私の顔はもうない。
私は夢を見た。夢の私が鏡の前に立つとその顔には白い靄がかかって表情が読み取れない。笑っていたのだろうか。泣いていたのだろうか。ひどく空虚な気持ちになった。すると突然場面はリングの上に変わる。夢の私は声援を浴びていた。不思議なことに私は初めて自分の試合を客席で見ていた。
「やっぱり強えな」
隣の客が言った。私はその客に「彼のファンですか?」と問うと、客は「ファンってほどじゃないけどさ、強いから好きだよ」と答えた。リング上の私はいちレスラーとして奮闘していた。試合に勝利した私のもとに妻や息子が寄ってきておめでとうと言った。
目が覚めて洗面台の前に立つ私は私の顔だった。マスクを被って八年、いつか乗っ取られるのではないかという懸念がもうそこにはなかった。夢の中で私は自分の試合を見ながら胸を躍らせたことを思い出す。リングの上の覆面レスラーにそうこなくてはと感じた。私は覆面レスラーだ。干されたマスクを手に取り被った。
「行ってきます!」

@punsuke 通学に使ってるバスの最後部座席に覆面を被った人が乗ってんだけどwww
ぴくちゃー.com/20150903

@mami83 変態乙

@normalformal 新日本橋プロレスのビバラビダじゃね?クソワロタw



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