第155期 #2
月の輪郭がぶよぶよと震え、ぽたりとビルの影に落ちていった。葉先から滴り落ちる露のようだった。
三日前から風邪をこじらせ、高熱に魘され夜中に目を覚ました私は、たまたまその一連を窓から見ていた。いよいよ幻覚までと思ったが、目を凝らしてみても先程まで夜空に浮かんでいた月がどこにも見当たらない。実際に消えている。汗で額に貼りつく前髪の不快さからしてこれが夢という訳ではない。
何かが狂ってしまったのだ。何かが壊れてしまったのだ。風邪とは違う寒気を感じ、私は布団の中で震えていた。
次の晩、体調は酷くなる一方ではあったが私は布団を抜け出し、月が再び昇ることを願いながら東の空を見ていた。家々の影から何かが昇ってくるのが見えた。私はひどく安堵したが、上昇するにつれそれは月ではない別の何かだとわかった。
それはトレンチコートを着た男だった。顔を上にして浮かんでいるので人相や表情はわからない。手足を虫のように不自然に曲げ、背中にはナイフが刺さっている。そのナイフを中心に、トレンチコートに赤い染みが広がっている。男の刺殺体が夜空をゆっくりと弧を描いて移動している。月と同じ軌道で。
「勿体ない」
振り返ると、蛍光灯の光をシャーベットのようにスプーンで掬い、しゃりしゃりと食べている赤い兎がソファの上にいる。
「60W」