第155期 #17

飛行機雲、追いかけて

 とある山間の村。長く村長を務め、いまは引退した伊藤某の許に、東京のテレビ局が訪れた。戦後七十年にあたってその間の日本政治を取り上げる特別番組の取材だそうだ。
「当時のことかね、よう覚えとるよ」伊藤老人はニコニコうなずいて取材班をよろこばせた。
 ところが、何も話さない。思い出そうとしている様子はあるが口から何も出てこなかった。
「伊藤さんはお身体の具合が悪いのとちがいますか」
 付き添っていた奥さんに取材班が尋ねた。
「なにねえ、どこも悪いところなんかありゃしません。ただお医者様は、アルツ何とかいうて脳ミソが小さくなっている言うてました」
 取材班は早々に引き揚げた。山の細道を車が走ってゆく。大きな橋に差し掛かると案内をしていた地元の記者が云った。
「角栄橋というのだそうですよ、こう立派になる前は、風が吹くと危なくて急病人も渡せない吊橋だったそうです」
「それだよ、政治家が地元にカネをばらまいて票を買っていた、このごっつい橋もそうだろう。その当時の現場の証言がほしかったのだが、越山会の大番頭だった人だからと期待したんだが、しかし、ああ耄碌してちゃね」
 急峻な山が四方から迫る村だった。冬になれば背丈を越える雪で閉ざされてしまう貧しい村だ。
「ほれ、あんたが田中先生にお願いして架けてもらった橋を、さっきの人たちが渡っていきなさる」
 高いところにある家は見晴らしがよかった。
「覚えとる、よう覚えとる。あのころのことはな、うんうん」
 伊藤老人は取材班にきかれたことを、まだ思い出そうとしているらしかった。
「覚えてなくていいんですよ、あんたがしなすったことはああやって人様のためになっているのだから」
 気を付けて行きなされよと、奥さんは小さくなっていく車に手をふっていた。



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