第155期 #13
和平条約締結との連絡を受けて、私達は領海に入った。締結が後ろ倒しとなり、私達は1週間以上海の上での待機を余儀なくされた。フィリピン沖には台風が発生したとの情報もあり、一時退避の判断をする瀬戸際だった。今回は送り届けられそうだという安堵感と共に、自分の故郷の姿が私の頭の中に浮かび上がってきた。
船の中にはブルドーザーや、食料品、医療用品など生活に欠かせない品々をぎっしりと積んだトラックが整然と並んでいる。そのトラックの1つに今回私が配布する品が入っている。それは、子供向けの本だ。教育が中断してしまった子供たちに配らなければならない。子供たちが文字を読むことが出来ないままというのは、彼らの人生の選択肢を狭めることになる。これは私の信念だ。人類の誰もが平和を望んでいるということはもう信じられないとしても、この信念だけは変わることはなかった。
トラックが降り始める。私のトラックは奥の方に入れてある。逸る自分の心を、生活必需品が優先されるのは当然のことだ、と納得させて順番を待った。ブルドーザーが道を作り、生活必需品を積んだトラックはロードマップに従って各々の目的地に向かっていく。
「いよいよですね」と私と同じ国出身の同僚が言った。
「そうね」と私はハンドルを握りながら答えた。
私達が目的地に到着した時、生活必需品を配り終えたトラックが次の目的地に向かうところだった。物資を積んだトラックを子供たちが痩せ細った体ながら懸命に追いかけていた。
その光景を眺めた同僚が、「ギブ・ミー・チョコレートの世界ですね」と言った。
私達も積み下ろしを始めると、人がトラックの前に長い行列を作り始めた。整然と並ぶ国民性は失われていないようだったが、その中身が本だと分かると、行列は即座に消えた。
私達は本を抱えてバラックを歩き回り、瓦礫で遊んでいる子供たちに本を配った。
子供たちは早速木陰で読み始めた。娯楽が少なかったのか。活字に飢えていたのか。私は胸いっぱいだった。
私は「大きくなったら何になりたい?」と問いかけた。
子供たちは、笑顔で答えた。
「生きていたい」と。
「大人になりたい」と。
次の目的地に向かう途中、「宇宙飛行士になりたいとかじゃないんですね」と助手席の同僚がポツリと言った。燃えながらも原形を留めた信号機が視界に入った。とっさに私はブレキーを踏んだ。それは若き日、踏むべきブレーキであった。