第155期 #11
ナカタニさんは、いつも黄色い首輪をつけたカピバラを連れて歩いている。私も、初めて見たときは人並みに驚いたが、驚いた私を見たカピバラが私よりもさらに驚いて興奮し、小学校の菜園を荒らしてしまうという事件があったので私はもう驚かないことにしている。少なくともそういった素振りは見せない。見せてはならない。カピバラが菜園を荒らしたとき、小学校はダメになった人参十四本をナカタニさんに弁償させた。私がそのことを夫に話すと、
「そういうものだ」
「カピバラがライオンやクマじゃなくて良かった」
と、つまらない感想を垂れる。私はナカタニさんに少しだけ同情する。ナカタニさんは誰とも友好関係を持っていなかった。
市が指定した水曜日に、私は不燃物をもってゴミ捨て場に行く。そこには珍しくナカタニサンがいた。ナカタニサンは必死にカピバラの背中を叩いている。
「どうされたんですか」
私が聞くと、ナカタニさんはカピバラの背中を叩きながら答えた。
「間違ってゴミを食べたみたいなんです」
よりによって今日は不燃物回収日だ。金属なんかを食べたのかもしれない。私はそう思い、私もカピバラの背中を叩くことにする。
「洗濯しないとだめだな、こりゃ」
ナカタニさんは、手を休めて、うんっと背伸びをしながら言った。私は、カピバラが洗濯できたなんて知らなかった。小学校でも大学でも習わなかった。
「カピバラって洗濯できるものなんですかね」
「そりゃ、種類にもよりますよ。見ていきますか?カピバラの洗濯。」
カピバラの洗濯とは初耳だ。もしかしたら、一生に一度の経験になるかもしれない。私は迷わずナカタニさんについていった。
ナカタニさんはおしゃれなワンルームマンションの八階に住んでいた。勿論、動物を飼ってもいいマンションだ。ナカタニさんは802号室を開け、私を招き入れた。なかなかいい部屋である。観葉植物なんかが置いてあるし、奥にあるワインクーラーにはぎっしりと高そうな洋酒が詰まっている。
ナカタニさんに連れられ、洗濯機の前へ。
「さ、あらいますよ」
ナカタニさんはひょいとカピバラを洗濯機に放り込み、正確な分量の洗剤を入れ、素早く蓋をした。そして、『すすぎ』のボタンを押して、『スタート』を押した。
十分後には新しいカピバラが出来上がるそうだ。外からクラクションの音が聞こえたので、窓から外を見ると、思いのほかいい景色だった。