第154期全作品一覧

# 題名 作者 文字数
1 恋路とパンク 道谷 道緒 866
2 宇宙葬 桜 眞也 999
3 俺はスパイ 波留乃月夜 717
4 お気に入り 弥生 灯火 812
5 我慢できる筈だ。 アフリカ 992
6 殺人保険 岩西 健治 965
7 不気味な四棒 コルフーニャ 732
8 銀座、仁坐、旬坐 Gene Yosh (吉田 仁) 999
9 Revolution 9 goldfinch 835
10 欲望 たなかなつみ 833
11 おいしいコーヒーの淹れ方? わがまま娘 997
12 四畳半のヤギ しま 984
13 qbc 1000
14 君の名は 三浦 1000
15 灯台守 キリハラ 998
16 まぐろ その17(結婚式編) なゆら 555
17 キリン条約 euReka 1000

#1

恋路とパンク

 駐輪場の蛍光灯がいくつかチカチカと点滅している。
 傾いた自転車を起こし、右足でスタンドを蹴り上げようとするが、つま先をスポークにひっかけ空振った。スタンドの位置を確認し、再度スタンドを蹴り上げ、隣の自転車を倒さないようにハンドルを切りながらゆっくり押し出していく。
 駐輪所から下駄箱まで続くアスファルトの上を押していき、砂利道に差し掛かった所で空気の抜けたタイヤがガタガタと音を立て始めた。砂利の抵抗で車体が重く感じ力を入れるが、顔には出さないようにして裏口の校門へと近づいていく。
 私は怪しくないよう頭を動かさずに目を配り、目的の女の子を見つけた。
 彼女は両手を腰裏に回し、裏口の校門の塀に体を預け、右足のつま先を立てて地面をなぞっている。
 早まる鼓動とは裏腹に、重くなる足取りを気にしないよう、私は何度も静かに深く息を吸った。
 ゆっくりと一歩ずつ、ガタガタと音を立てながら進んでいく。
 彼女まで十メートルほどの距離まで来たとき、音が聞こえたのか彼女が小さく顔を動かし私の方を向いた。目が合った気がした。
 彼女は塀に預けていた体を大袈裟に起こすと、跳ねるように背伸びをして大きく手を振りだした。
 私は思わず目を見開き、それに応えるようにギュッと強くハンドルを握ると、小走りで力強く自転車を押した。
 瞬間、後ろから「ごめーん!」と男の大きな声が聞こえ、その男は小走りで自転車を押す私を追い抜き、彼女の前で立ち止まった。
 彼女が頬を膨らまして分かりやすく怒ると、男は右手を自身の後頭部へ回し、グシャグシャと髪を掻き回した。
 私は小走りの勢いのまま、自転車に飛んで跨り、ペダルに足を掛ける。沈んだタイヤが砂利に突っかかるような感覚に転げそうになるが、思い切り体重をかけてペダルを踏み込み、彼女らから顔を背けるようにして横を通り過ぎた。
 裏口の校門を出て、初めの角を曲がるまでの数十メートルの間、私は何度も彼女の方を振り向いたが、彼女がこちらを向くことはなかった。

 ペダルを踏み込んでもなかなか前に進まないのを、私はパンクのせいにした。


#2

宇宙葬

2515年、世界の葬儀は全て「宇宙葬」になっていた。この数年で発達したクローン作製技術により人口が爆発的に激増。水の星には114億人の生命が活動していた。それに加え製作される生命よりも消滅する生命の数の方が圧倒的に多く、地球の面積の1割は墓に変わり果てた。このままでは人間の住処が無くなる。死より生だ。全人類が嘆き喚いた。そこで国際連合が立案したのは「宇宙葬」だった。案の内容は、死体をミサイルに収納し宇宙へ発射し爆破させる。それと安全の為死刑囚を操縦士にしたらどうかという案だった。これにほとんどの国は反対していたが、徐々に、それしか思いつかないと賛成の声が増え、3年後には全世界でこの計画が実行されていた。この頃の世界に「人権」という言葉は欠落していた。
そして今日も、1人の死刑囚が案内人になる。、名は伊藤。4年前に悪質な運転で4人の命を奪い、世界で死刑の中でも最も重い刑罰、「操縦死」に処された。伊藤がロケットに乗り込もうとすると、罵声と共に石ころが飛んできた。二の腕に中る。振り向くと、運よく生き残った家族の兄が充血した目で睨んできた。はよ逝け、と泣き喚いている。そんな声もお構いなしに伊藤はミサイルに乗り込んだ。業火が燃え滾る音が叫びとなり鼓膜に響いてくる。もう何分後には死ぬというのに、緊張の類は感じない。自分の冷静さを可笑しく思い、くす、とにやけた。
ミサイルが、発射された。
妙な感触に突如襲われた。股間がフワっとするような感触。その拍子に伊藤は失禁した。今頃になって恐怖がジワジワとやって来る。脚の震えが止まらない。そんな彼女を嘲笑うかのように、雲の向こう側で飛行機が楽しそうに飛んでいた。ああ、自分も真面目に結婚していたら、これじゃなく、あれに乗ってたのかもしれないな、と今更になって後悔する。そろそろ、爆発するかも。この異様な寒さを感じ、伊藤は気づく。お母さん、会いたいよ・・・・。悲痛な叫びが操縦席に響くが、誰も返事しない。彼女は孤独のまま1人死んでいく。それが人の命を奪った代償、責任。絶望を感じ震えながら外を見ると、伊藤は目を見開いた。
そこには居たのだ。母が、母なる地球が。青い海、白い雲。パステルカラーが目に広がり、彼女は見とれた。そして彼女は、草も、花も、鳥も、全ての生命を愛おしく感じた。お母さん、今からやっと帰れるよ。勝手だけど、待っててね。




「伊藤、死刑執行完了。」


#3

俺はスパイ

俺は元スパイだ。
訳あってやめたが、現役のときは大活躍したもんだ。
今は小さな部屋でゆっくりと余生を楽しんでいる。
毎日三食しっかりと食べ、適度な運動もして、スパイだったころにはいなかった友達と、昔話や武勇伝を語り合ったりして充実した生活をおくっている。
今日は君たちに俺の武勇伝を聞かせてあげよう……。

俺はスパイだ。
誰にも正体がバレぬよう、息を潜めて特務に勤しむ。
今日は目標のターゲットを尾行し、ターゲットの全てを記録する。
例えば歩き方。
ターゲットは足を地面に着けるとき、限り無く足音のでないように歩いている。
ターゲット情報によれば、自衛部隊の元軍人で、世界各地の戦場を生き残ってきたらしい。
こいつはなかなか手強そうな相手だ。
だが俺はめげない。
俺は一ヶ月の尾行で、ターゲットが日曜の午後に、必ず行く喫茶店を突き止めた。
よし、今日だ。
今日こそ任務の目的を果たすときだ。
いつものようにターゲットが喫茶店に向かう。
俺は先回りし一足早く喫茶店で待機する。
ターゲットがくる。
いつもの決まった、一杯のホットコーヒーと、マスターオリジナルのサンドイッチを頼む。
だが俺は知ってるぞ。
注文を済ませるとターゲットが一度トイレに行くことを。
そして注文したものが出来上がり机の上に並べられてから出てくることも。
そして…俺はターゲットがてでくる前の僅かな時間で、誰にも気づかれないようにホットコーヒーに毒をいれた。

どうだ?すごいだろう?
あぁ、懐かしいな

ニュースです。
今日の午後、某喫茶店にて、元自衛官で、様々な名誉ある賞を受賞してきたA氏が、殺害されました。
目立った外傷もなく、警察は死因を、コーヒーの中から検出された青酸カリによる毒死とみています。
犯人は……………


#4

お気に入り

 あたしだけを見て欲しい。誰よりもあたしだけを。
 お気に入りになった小瓶を見つめながら、あたしはそう思った。

 光輝くんはいじわるだった。あたしの気も知らないで、クラスメートの悠ちゃんや学級委員長の高品さんからも声をかけられる。声をかけられるだけなら仕方ない。光輝くんは頭が良いから、男子からも頼りにされてるし、先生からの信頼も厚い。でもね、あたし以外の女子から声をかけられて、やさしい笑顔で瞳は返さないで。それは恥ずかしくて声をかけられないあたしへの、あてつけにしか見えないから。何度も何度も、何回も何回も。うん、そうだね。きっとそう。あてつけだったんだね。

 だけどあたし、許してあげた。だって知ってたもの。聞いたの。光輝くん、あたしに気があるって。いつも光輝くんを目で追ってた美子ちゃんが言ったの。髪の毛を数十本引き抜いたら、泣きながら震えて美子ちゃんは教えてくれたの。

 うふふ、そうか、あたしのこと好きだったんだ。あたしと一緒だね、光輝くん。
 そういえば女の子にいじわるをするのは、好きだからだって聞いたことあるかも。

 だけど光輝くん、いつになったらその瞳をあたしだけに向けてくれるんだろう。
 あたしに出来ることは、いつも光輝くんの近くにいることだけだったの。学校の日も、塾の日も。お休みの日も。ずっとずっと光輝くんの視界の片隅にいることだけだったの。
 そしたらある日、光輝くんはなにかから逃げるように走り出しちゃった。きょろきょろとよそ見なんかしながら。まるで怯えた子猫ちゃんみたいに。
 あ〜あ、だから車にはねられたんだよ。光輝くん。壊れた人形みたいに地面にぶつかって、格好よかった顔がぐずぐずに歪んで、眼球だけがころころとあたしに転がるはめになったんだよ。

 可愛そうだね、光輝くん。
 可哀想かも、光輝くん。

 でもね、良かったよ。これであたしだけを見れるもの。小瓶の中で浮かぶ光輝くんを、あたしだけが見ていられるもの。


#5

我慢できる筈だ。

冷蔵庫の辛子明太子が気になった。
恋人の仁志が白米好きの私の為にと、出張後は必ずその日の内に届けてくれる辛子明太子。
私はそれを冷凍庫に納めた。
確かな記憶ではないが、ラップは掛けていなかった筈だ。
あれから、一週間が経つ。
詰まり、これだけの時間が経てば必然的に勢いを失った紅い細かな美しい宝石の様な粒は、硬く無気力な塊に変貌しているに違いない。
冷蔵庫ではなく冷凍庫に入れておけば良かったのかも知れないとも思うが、帰宅出来ない時間がこんなにも長引く等とは思いもしなかったのだから仕方ない。
とにかく、私は予定しなかった外出を未だに続けているのだから、あの場合。
冷凍庫と言う選択肢は有り得ない。

『坂下君!頭!2時の方角から!気をつけて!』
隣で叫ぶ、新野慎二係長の声で現実に引き戻された。
『はい!』
右手でヘルメットを押さえ込む様にして瓦礫の隙間に身を捩じ込む。
喧騒の中心点である、駅前ロータリー跡に造られたバリケードでは無くその奥の建物を覗き込むと、屋上から小さな炸裂花火の様な閃光が見える。
しかし、闇雲に撃つのは素人の証拠だし連中の手にしている銃の性能では私達に届くのは奇跡に近い。
思った瞬間。
目の前で、コンクリートの瓦礫が弾けて私は小さな悲鳴をあげた。
『坂下君!危ないと言っているでしょ?分からない?野党の連中は本気なんだよ!』
怒鳴り声をあげた新野係長が今度は私のヘルメットに覆い被さる様にして、私を更に、瓦礫の隙間に押し込もうとする。
『係長……苦しい……』
圧縮されたまま仕方無く私は覆い被さる新野係長を首の筋力を最大限に使い。押し上げる様にして呻きながら頷いた。
数年前のTPP可決が事の始まりなのは誰もが理解している事実だが、全野党連合が結集して武装するなど当時の与党は想像だにしていなかったに違いない。
そして現在。
自由謳歌党は砂糖の自由接種と国保再開を求めて与党にゲリラ戦を挑んできている。
そりゃ、私だって砂糖をふんだんに使った生クリームが乗ったケーキをたらふく食べたいと思うときもある。
甘くない小倉餡も食べた瞬間、吐き出してしまいたくなるときもある。
だが、しかし、砂糖の摂取量は法律で、細かく定められているのだから仕方が無い。
砂糖入りのどら焼きなど食べたら、その後二週間は間違いなく甘味から遠ざからなければならない。
食べたいから食べるでは済まないのだ。
私達の闘いは始まったばかりなのだ。


#6

殺人保険

 A氏の息子(当時九歳)の加入した保険は特別なものである。なぜ、彼にその保険がかけられたかというと、それは両親の存在が大きく関与していたからである。A氏がサマージャンボの一等当選者だということは当時のニュースもあって割に知られていたことであるが、それ以外、彼の生い立ちを知る者はあまりいない。当時のA氏は未成年であったし、加害者側の匿名性が際立った時代背景もあったからそれも無理はない。ソーシャルメディアでの情報流出は近年と違って皆無であったし、新鮮さの失われた話題にもはや誰も飛びつかない。
 ここで時間の経緯を簡単に説明しよう。当時十一歳であったA氏が施設から出てきたのが事件から十五年後の八月。後にA氏の妻となる女(以後、女)が知人の保険外交員を殺害したのがその年の十月。女はA氏の事件当時三歳であり、直接A氏の事件に影響を受けたとは考えにくい。しかし、女は逮捕直後A氏の事件に影響を受けたことを警察に告白している。A氏が宝くじに当選したのは三十二歳のとき。この当選金で残りの賠償金およそ一億八千万円は全額返済された。宝くじの当選金で賠償金を返済したことに異議を唱えた被害者家族は追徴金二億円を請求。もちろん、事件と当選金に因果関係のないことから請求は却下された。女が出所したのは逮捕から十年後の二十八歳。その一年後、A氏と女は結婚する。A氏、三十七歳のときである。
 現在A氏ら家族は海外でひっそりと暮らしている。おそらく両親の事件についてA氏の息子はまだ何も知らないであろう。いずれA氏の息子が両親の事件を知ることとなったとしても、そのこととA氏の息子個人のアイデンティティーは関係していないと信じたい。それでもA氏ら夫婦は、遺伝的因果関係が解明されていない以上、自分の息子に保険をかけることを選択したようである。空港を出た私を熱帯特有の重くぬるい風が襲う。ここからA氏の住むであろう町までは車で三十分ほど。私はレンタカーを借りた後、空港近くの雑貨店でヤシ割り用の鉈とロープを買った。A氏の息子のアイデンティティーを信じたとしても、A氏の息子が殺人犯にならない保証はどこにもない。早くに芽を摘むことは必須である。
 殺人保険? もちろん、両親には感謝しているよ。保険があるから殺すのかって? そんな哲学的なこと俺は知らないよ。


#7

不気味な四棒

「これであなた達は嘘つきではなくなりました。もしあなた達がこれ以上嘘をつかなければ
時期にあなた達の顔は元に戻るかもしれません」

三人を横ぎり、私はひたすら真っ直ぐへと歩いた。
喉が渇いてもうだめかと思いはしたが、歩いてすぐにとても大きい工場が立っていた。
入ってみたが、案の定ここにはペットボトルに入った二リットルの綺麗な水が、
大量に並んでいた。迷わずにペットボトルを取り、一滴も残らずいっぱいに入ったそれを
ごくりと飲み干した。ペットボトルを捨て、辺りを見回し、
誰もいないのを確認した後、外を出た。

少し変な味の水だったが味は今まで飲んだ水でも最高の味だった。
喉がまた渇かぬよう隣町へ向かい歩いた。すると、一歩目を踏んだ途端、かすかに体の中から沸騰する音が聞こえた。
二歩目を歩いた時には物凄い勢いで体内全体が沸騰するように熱く、体は地面へと勢いよく倒れた。
頭痛やめまいがし、顔も燃え尽きるように熱い。

喉が渇いた時より死にそうなくらいの苦痛だったが、何とか苦しみながらに耐えながら
三時間は経った。三時間が経った頃には
痛みも頭痛も完全に消え去っていた。
何が起こったかは知らないが異常を感じた彼は急いで体を起こす。すると、周りには、さっき水の場所を尋ねた
不気味な三人が、私を取り囲むように立っていた。
何故ここにいるのか聞きたかったが私の口は思い通りに動かない。
のっぺらぼうの男は私の動きに察したのか、ポケットから
手鏡を取り出し、私の顔に近づけてきた。
鏡に写っていたのは、真ん中に目ん玉一つ残った自分の容姿だった。
この三人組と全く変わらない容姿だ。
三人の男はこの工場にたどり着かないように、どこでもいいから別の方角
へと行くよう彼を誘導していたのだろう。
それを彼は…何とも哀れなり。


#8

銀座、仁坐、旬坐

梅雨の最中、旬の食材の時期となり銀座の惣菜を売り物の食事処は、魚の産卵時期に入り入荷が鈍い時期はうまさも激減、それに代わり野菜の初物の旬と続く夏野菜の時期は大地の恵みの時期となる。京都風のお晩菜の店が繁盛する時期でもある。蒸し、茹で、煮る、焼く、てんぷら、洗っただけの生野菜、様々ななるから夏の野菜の旬の顔がカウンターの大皿に盛りつけられている。これもまた、コメの恵みの日本酒に麦だ、芋だ、蕎麦だなどの焼酎に合うのである。若い時は野菜で腹がいっぱいになるかと思うのだったが、年を取るというのも体の組成が変わったのか、脂の取り方が、変わったのだろう。30年前とは隔世の感がある。夜の淑女を傍らに相合傘で歩くには今年の梅雨の雨はしとしと感がなくばっと豪雨でさっと上がる。風情もない。霧雨じゃ、濡れて行こうの風情がなくなった。
道中出来れば、雨に濡れたくないもので、銀座界隈、大手町から新橋手前の土橋の交差点まで地下道で結ばれていて、濡れずに歩けるのをご存じだろうか。新旧の地下道の連結で、地下鉄、一般地下通路、駐車場を連続して歩くことができる3キロ程度の遊歩道である。そこには昭和前後の日本の経済高度成長期からオイルショック期、バブル期とその後の消えた20年の年代が思い出の様によみがえる地下道の壁の色、天井の高さ、様々な仕様が次々みられるのである。残念ながら銀座通りは銀座線が直下を走るため深さが浅く、地下街、遊歩道はない。4丁目から8丁目は西銀座駐車場の外堀通り地下の車道を歩くことになる。交差する日比谷線の地下道は十分な深さがあり、東西は東銀座から日比谷駅まで、交差する丸の内線、千代田線はかなりの長距離の地下道を携えていて、かなり縦横な便利道である。
また、夜の遊歩道は地上にも出現する路地の小路、通りを抜ける、人しか通れない、ビルの隙間の通路を抜けると、大通りに突然出る。銀座8丁目から国会議事堂まで一直線に結ばれた、出世街道。大通りを通らずに並行して歩くことができる小柳小路。人の歩いた道が通りになる、江戸の町並みがよみがえる、人通りが道を作る街。これが、現在の銀座である。来年、築地市場は豊洲に移転する。晴海通りは延伸され、銀座4丁目から一直線に結ばれる。銀座の町並みも東に膨張しており、月島、勝島近辺の飲食店も大きく変わろうとしている。NEW GINZAに変わり人通りが新しい小路をつくる。


#9

Revolution 9

「何かと忙しい日々が続いている。はやくしないと、この街もすべて溶けてしまう。だって地面は都合のいいようにできていない。きっと複雑すぎて、何もかもを吸い込もうとしている。一度きれいに完結した物語をリメイクするような優しい終末。孤独感は分子レベルにまで切り分けられ、カレーのルーに溶かされる。それがこの街の条例、あるいは軍事的な戦略だった。それは今のところ一定の成果を上げている。

アクビが出るようなプラスチック。覗き込んでみると東京だった。東京には何もない。ぐにゃぐにゃでバラバラなだけの宇宙だ。誰もが少しだけ新鮮な共感を得ようとする。執拗な押し売りに襲われる。ローソン前の大通り。雑な都市計画。

街はその分子を自ら不必要なものにした。でもそれが何か悪影響を与えたという話はない。ぐにゃぐにゃでバラバラな宇宙に、ただ切れ込みが入っただけだ。駅前に交番はない。気がつくと標高44m。鳥が鳴いている。最低限の敬意。それは当然だ。何を聞けというのだろう。だって全部真実なのだ。

『人間ってのは、インターネット、電球に集まる羽虫、どちらにせよ飛び回っている。掘っても掘っても願望しか出てこない。意味なんてない。世界はレトリックの集積だ』
『人間ってのは、ピアノ、ギター、ホルン、ファゴット、……これで終わりだ。噛み合わない。苦痛でしかない』
『人間ってのは、死だ』

かくして人類は凋落した。戦前、ビートルズを聴く男。街が生きているという皮肉。すべて分かっているような気もする。マジョリティと死の狭間、君はたしかに東京だった。もう何をしたって自由だ。だって地面は都合のいいようにできていない。

そのレジは永遠に閉ざされた。昔の恋人の顔が浮かぶ。不機嫌な顔、声、言葉……何もかもが中途半端だ。名前がわからなくなった訳ではない。そもそも名前などない。たぶん君は無意識性に頼りすぎたんだ。天井の焼け落ちたビル、裸のまま眠る女。その心臓を材料に、僕はまた新しい街を作ろう。次こそは、溶けることのない街を。


#10

欲望

 そこにあるのは、ひとつの瓶である。なかには透明な液体が入っている。たぶん水なのだろうと思う。けれども、それを飲むことはできない。私の身体はその瓶に手が伸ばせないところで縛られている。
 喉が渇いているわけではないと思う。けれども、そこにある瓶が目に入ってしまうと、飲みたい気になってしまう。それをおれに寄越せ。けれども手を伸ばすことはできない。
 喉が渇いているのですかと問われる。そういうことではないと私は考える。ゆっくりと落ち着いて考える。唾液を飲み込み、これが欲しいわけではないと思う。欲しいものは別にある。視界に入っているあの液体ではない。
 そのことはわかっているのに、それでも私はそれを欲するようになる。手が届かないと思えば思うほどに、それが欲しくなる。それをおれに寄越せ。けれども手を伸ばすことはできない。
 あれを飲みたいのですかと問われる。そういうことではないと私は首を振る。静かに落ち着いて考える。唾液を飲み込み、喉が渇いているわけではないと考える。欲しいものは別にある。あなたはそれを知っているはずだ。
 あなたも私もそのことを知っている。私が欲しいのは別にある。けれどもあなたはそれを絶対に口にのぼせず、私は縛られたまま、目の前にある瓶をじっと見つめている。瓶は汗をかいている。滴がつーっとその表面をなぞるように流れ、地面を濡らす。
 突如、尿意に襲われる。気づいた途端、我慢ができなくなる。出させてくれ出させてくれ出させてくれ。けれども、縛られたままの身体は動かすことができない。
 喉が渇いているのですかと問われる。私はそうだと答える。目の前の瓶のキャップが外され、口元に持ってこられる。否も応もなく、透明な液体が私の口のなかに流し込まれる。水ではない。ほんのりと甘い味がする。けれどもそれが何の味なのか、思い出すことができない。
 尿意は留まるところを知らずに高まっていく。私は身体を縛られたまま、空になった瓶を睨みつけ、喉が渇いていることに気づく。


#11

おいしいコーヒーの淹れ方?

いっちゃんが入れてくれるコーヒーが好きだ。と言っても、インスタントなんだけど。
同じ粉なのに、自分が淹れるのといっちゃんが淹れるのとでは全然違うのはなぜだろうって思う。いっちゃんに聞いて分量を同じにしても、自分で淹れたコーヒーは薄かった。

キッチンでいっちゃんがコーヒーを淹れてくれている。
マグカップにインスタントコーヒーの粉を、スプーン3杯入れる。いっちゃんは甘党だから、そこにスプーン3杯のグラニュー糖を入れる。そんなに入れたら甘すぎるんじゃないかって思うけど、いっちゃんはそうでもないらしい。
そこに水道水を少し入れて、いっちゃんはマグカップをゆすったり回したりし始めた。
「何やってんの?」
ちょっと驚いて聞いてみた。
「ん? ここの水道水は、モンドセレクション……」
「いや、それは知ってる。そうじゃなくて、先に水入れるの?」
慌てるオレを見て、あぁ、といっちゃんが笑う。
「ポットのお湯だけだと熱くて飲めないから、先に水入れてみたりして」
テヘッっと笑って、いっちゃんはマグカップをグルグル回しながら、中の状態を見ていた。
「どうなってんの?」って覗きに行ったら、うまい具合にペースト状になっていた。
そこにポットからお湯を少し注いで、マグカップを回すという作業を2回繰り返して、見るからに濃いコーヒーを作る。エスプレッソを作るのに、わざわざ濃縮しなくてもいいんじゃないかって思ってしまう。
「これに、こうやってお湯を注ぐと……」といっちゃんは電気ポットから出てくるお湯を傾けたマグカップの内側にあてて注ぎ始めた。中のお湯の量に合わせてマグカップを真っ直ぐに戻していく。まるで、ビールサーバーでビールを注いでいるようだ。
「マドラー、いらないでしょ?」とニコッと笑って、いっちゃんはオレにマグカップを渡した。
確かに、マグカップの上のお湯もしっかりコーヒーの味がする。そして何より、ちゃんと濃いんだ。
「なんか納得いかないんだけど……」と言うオレに、「そう?」といっちゃんが自分のマグカップに口をつけた。

いっちゃんのいない時に、いっちゃんと同じ方法でコーヒーを淹れてみた。できたコーヒーは、ちゃんといっちゃんの味だった。
こういう時はネットに限ると思って、ネットで調べたら理由が書いてあった。水で粉を溶かすところがポイントのようだ。
いっちゃんはそんなこと知らずにやってんだろうなって思うと、その才能が羨ましかった


#12

四畳半のヤギ

「貸した金が返ってこない……」
 蒸し暑い午後。時間を過ぎても、奴はやってこない。西日が降り注ぐ畳の上に寝そべりながら、己の見る目のなさを嘆く。
 アイツとは、大学からの付き合いだ。飲み会の席で隣り合った。芋焼酎が旨いんだと、飲んでみろと、言うから飲んでみたが、喉が焼けるばっかりでまったく旨くない。そう言うと、じゃあこれを食べてみろとモツ煮込みを勧められた。このモツが旨かったから、学部が違っても、何だかんだで付き合っている。
 そんなアイツに貸した金が返ってこない。
「当たり前でしょ」
 頭の向こうから、声が聞こえた。起き上がるもの面倒なので、顔だけをそっちに向ける。
 そこにいたのは、ヤギだ。手の平に乗りそうなぐらい小さなヤギが畳の上にいた。柔らかそうな黒い毛並みをぶるっと震わせて、言葉を繋ぐ。
「おにーさんはそいつに金をあげたんだから」
 俺はきっと頭がおかしくなったんだろう。でも、おかしくなった頭が作り出したヤギに偉そうにされる筋合いはない。一応、反論しておく。
「あげてない。貸したんだ」
 すると、ヤギは生意気にも鼻で笑いやがった。
「貸す、なんて現象はない。“おにーさんがそいつにあげて”、次に“そいつがおにーさんにあげた”だけだよ」
「何だそれ、返さなくてもいいみたいじゃないか」
「もちろん」
 自信たっぷりに頷くヤギを殴りたくなった。けど、そんな気力もなく、目を閉じる。夕日に晒されてるお陰で、斑な赤が見えた。真っ黒じゃなかった。
「……じゃあ、もし……俺が貸してもらっても、返さなくていいのか」
「もちろん」
 独り言みたいな言葉に、やっぱりヤギは言い切った。その姿を見ると、何だかどうでも良くなってきた。
「なら、いいか」
 胃の辺りにあったモヤモヤや、肩の辺りにずしっと来る重みが少し消えた。息を長く吐く。さっきより、体が畳に近い。
 ドンドンドンドンドンドンッ
 急にドアを叩き鳴らされる。体がビクリと反応して、くの字に曲がる。玄関の方を見れば、部屋の外に、何人か、人の気配がした。
 ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ
 音が増えれば、増えるほど、心臓の辺りが縮こまる。血管が痛い。男の怒声が聞こえた。
どうしよう、どうしよう、と考えても頭が纏まらない。息が浅い。どうしよう、どうしよう、どうしよう――

「僕がおにーさんを貰ってあげようか?」

 さっきのヤギがそう言った。


#13

(この作品は削除されました)


#14

君の名は

 知らないというと男は右の指を浮かせたが立ちあがりはしなかった。次に島のものだという名があがった。私は名から島の全容をつくりあげそこで十分に暮らしてみると知らないと答えた。男は椅子にもたれて私から目を離した。グラス二つに酒をつくって戻ると男は右の指でつまんで水面に舌をはわせた。私は鳥の名をあげた。男は酒をなめたまま知っていると答えた。男が語る鳥は私の鳥とはちがっていた。答え合わせをしようと私はいった。男は酒をなめていた。しかし閲覧室が閉じていたのでそのままあがって屋上庭園に出た。男の姿が見えない。そういえば庭は一階にあるんだといっていた。一階に向かうなかで山のいただきに白い指でふれる月を遠くに見つけたが段を踏み外してすぐに見えなくなった。床で動けずにいるとひきずられていった。時間だといって男は脚を離さなかった。白い部屋は高い小窓のふちに指をかけた月の光に白く光っていた。指がすべっていき光る場所がうつっていった。私はそのあいだに三度眠った。三度目に目をさましたとき白い部屋は黒くしずんでいた。朝だと柵越しに男がいった。屋敷の外では赤い光があらゆるものにぶつかっていた。歩けと男のひとりがいった。男たちは私の知らない方角を指していた。あっちへは行ったことがないと隣の男がいうのをきいた。私たちは靴を脱ぐようにいわれた。平らにならされた道から肌をとおしてぬくもりがあがっていく。ひとやすみしようと男たちがいいだした。私たちはひとかたまりになった。しかし男たちは私たちにかまわずじっと太陽を見ていた。男が逃げだした。男たちは白くにごった目で見ていたが知らないふりをした。そして屋敷へひきかえすものたちに靴を剥ぎとられていった。おまえは行かないのかと男がいった。私は屋敷には戻らないつもりだと答えた。答え合わせができないな。男はあの男だった。落ちていた靴を試してみたがぬくもりが去るのでやめてしまった。屋敷から離れる道は続いていた。そちらへ進むと赤い光が青い光にうつりかわっていった。知らない光だ。空をさがしたが月らしいものはなかった。遠くに火が見える。男が火にあたっていた。ここにいてもいいかと私はいった。すると男は私の脚をもって遠くへひきずっていった。どうしてこんなことをするのかと私はたずねた。男の答えは長々と入り組んでいた。要するに私はここにいてはならないというのだ。私は河に投げ込まれた。


#15

灯台守

 この村は、道の変遷と共に生きて来た。
 稲作地帯と言えば聞こえは良いが、それだけでは食って行けんから、稗やら大根を作れるだけ作って飯の代わりにすすって、余りがあれば保存食に仕立てる。いつ訪れるか分からん飢饉に備えてな。菜飯も稗も美味いものではなかった。とは言え生きるため働くためには食わない訳にはゆかん。仕方がない。
 両隣の集落と、休まず歩けば一日かかるかどうか。おかげで行商に牛方と、人の行き来は絶えんかった。ちょっとした宿場町のような時代もあった。無論、宿などないから誰かしらの家に泊めてやる。貧しいもので大したもてなしはできなかったが、泊まる者も分かっておるから、粗末な食い物だろうと文句も言わずに食べては、お礼にと村じゃ手に入らない物を置いて行ってくれた。
 道がならされると、村には少し余裕ができた。
 行き交う馬は三倍を数え、売り買いの量も増えた。養蚕が始まったのもその辺りだったはずだ。最初こそよう死なせたが、職人を雇うとすぐ軌道に乗った。おかげで毎晩麦飯を食えるようになったものだ。
 山の上にお堂が見えるだろう。今では朽ちて見る影もないか。百年近くも経つものな。昔は常に堂守りがおって、まあ守りと言っても食い詰め者を置いておくだけなのだが、村一面を見渡せるし、人の往来も分かる。夜は付近で迷わんよう、火を灯し続けたよ。
 車が通るまでに十年もかからなかったのではないかな。
 バスやトラックが止まると排気や音で眠れんかったものよ。おかげで便利になった代わり、荷馬は減った。そうしたらこんな小さな集落に泊まる人間もおらん、やがて何もかんも頭の上を跳び越すように通り過ぎて行った。金や食い物に困る事もなくなったがね。
 限界集落と呼ばれたのは何時だったか。もう半世紀近く前か。金を稼げるとなれば若い者は街へ移って、出稼ぎの時代と違い一生戻らん。村おこしと言って残る者や他所から居着いてくれる者もあったが、最後は皆諦めたし、誰もそれを責めなんだ。
 栄えた土地が廃れるのは仕方のないことだ。いつかまた人が住み着くか。確かにそうかもしれん。百年前にここから人が消え去ると、誰が思い描けたものか。
 お堂に火が灯ったな。そう。人はもう住んでおらん。一里四方は猫の土地だ。ならば堂守りも猫に決まっておる。
 今宵は月が大きかろう。お堂の連中を見たまえ。
 奴等の両目が月明かりを捕えれば、灯火は村を照らすのよ。


#16

まぐろ その17(結婚式編)

それは涙だったのかもしれない。
娘が嫁いでしまうという喜びと悲しみとが入り混じったからだのそこからくる振動だった。マグロは人目をはばからずに目から液体を流した。涙というレベルの塩分ではなかった。潮水に限りなく近かった。それもマグロの体内で凝縮された死海よりも濃い潮水だったマグロは、ぬぐうこともせずにただ嗚咽をあげた。
静まり返っていた。マグロが号泣しているのである、誰が陽気にできようか。
ほんのつかの間であった。
さっきまでとは打って変わって式は厳粛に進んでいた。
お祭り騒ぎであった。歌いだし、泣き出し、笑い出し、本能のままに出席者は立ち振る舞っている人間をよそに、マグロはしくしくと酒をあおった。自分を痛めつけているようだった。女の子がマグロにつまみを差し出した。つまみはマグロの身を固めて乾燥させたものだったが、マグロはかまわずに会釈してそれを受け取った。
マグロは酒におぼれた。どうしようもなかった。ただ深く悲しかった。
そして、マグロが新郎もしくは新婦のどういった関係の親族もしくは友人であるのか、誰ひとり(新郎新婦でさえ)分からなかったがなんとなく言ってはいけないような気がして黙っていた。
マグロはようやく涙をハンケチで拭いて、フォアグラのソテーにフォークを入れた。
その様はナイトさながらに実に華麗であった。


#17

キリン条約

 キリンの中に住むという単純な発想でした。
 まず、入り口のドアを探すのに3年かかりましたが、それさえ見つかれば全てがうまくいくという確信が私にはありました。
 もちろんドアと言っても動物の体の一部ですから、私たちが普通に想像するようなドアではなく、それは膝をすりむいたあとに出来るかさぶたのような、およそつまらない物にしか見えません。しかしそのかさぶたを剥がすと、ちょうど体育館ほどの空間が内部に広がっていました。初めてドアを開いたときは当のキリンも動揺していましたが、秘密を知られてしまった以上もうどうにもならないことを悟ったのか、30分もするといつもの無関心なキリンに戻ってしまいました。
 最初に見つけた空間は、いわば建物の玄関部分にあたる場所で、奥のほうにエレベーターのようなものがありました。操作の仕方は私たちがよく知っているエレベーターと同じで、ボタンを押すと希望する場所に移動ができます。よく調べるとキリンの体内には全部で千戸以上の部屋あり、3千人ほどの人々が住めることが分かりました。

 キリンというのは土地や国を気ままに移動する動物なのでその点が厄介なのですが、いざ居住者の募集をかけると世界中から人々が集まってきて、あっという間に部屋が埋まってしまいました。
 私たちはこれをキリンマンションと名づけましたが、これは建物ではなく、国際法で保護しなければならない野生動物として扱われています。さらにこの中には大勢の人々が住んでいるため、一つの国と同じ権利が認められることになりました。そのことを定めたものが、あのキリン条約です。

 私たちが現在直面している問題は、今度の世界大戦によって発生した戦場から動けなくなったということです。私たちもキリンの妊娠には気づいていたのですが、運の悪いことに戦場の真ん中で産気づいてしまったのです。戦場に迷い込んだのが悪いのですが、誰にもキリンの行動をコントロールすることはできないのです。
 もちろん私たちは、キリン条約によって武力攻撃を受けないことになっていますが、ふいに襲ってくる流れ弾から守られているわけではありません。しかしキリンがこの場所を選んだのですから、それもまた運命なのでしょう。

 キリンの赤ん坊は、産まれて数時間もすると一人で歩き出しました。母親キリンの首は砲弾で吹き飛ばされていましたが、地面に立ったまま、赤ん坊を優しく見守っていました。


編集: 短編