第154期 #9
「何かと忙しい日々が続いている。はやくしないと、この街もすべて溶けてしまう。だって地面は都合のいいようにできていない。きっと複雑すぎて、何もかもを吸い込もうとしている。一度きれいに完結した物語をリメイクするような優しい終末。孤独感は分子レベルにまで切り分けられ、カレーのルーに溶かされる。それがこの街の条例、あるいは軍事的な戦略だった。それは今のところ一定の成果を上げている。
アクビが出るようなプラスチック。覗き込んでみると東京だった。東京には何もない。ぐにゃぐにゃでバラバラなだけの宇宙だ。誰もが少しだけ新鮮な共感を得ようとする。執拗な押し売りに襲われる。ローソン前の大通り。雑な都市計画。
街はその分子を自ら不必要なものにした。でもそれが何か悪影響を与えたという話はない。ぐにゃぐにゃでバラバラな宇宙に、ただ切れ込みが入っただけだ。駅前に交番はない。気がつくと標高44m。鳥が鳴いている。最低限の敬意。それは当然だ。何を聞けというのだろう。だって全部真実なのだ。
『人間ってのは、インターネット、電球に集まる羽虫、どちらにせよ飛び回っている。掘っても掘っても願望しか出てこない。意味なんてない。世界はレトリックの集積だ』
『人間ってのは、ピアノ、ギター、ホルン、ファゴット、……これで終わりだ。噛み合わない。苦痛でしかない』
『人間ってのは、死だ』
かくして人類は凋落した。戦前、ビートルズを聴く男。街が生きているという皮肉。すべて分かっているような気もする。マジョリティと死の狭間、君はたしかに東京だった。もう何をしたって自由だ。だって地面は都合のいいようにできていない。
そのレジは永遠に閉ざされた。昔の恋人の顔が浮かぶ。不機嫌な顔、声、言葉……何もかもが中途半端だ。名前がわからなくなった訳ではない。そもそも名前などない。たぶん君は無意識性に頼りすぎたんだ。天井の焼け落ちたビル、裸のまま眠る女。その心臓を材料に、僕はまた新しい街を作ろう。次こそは、溶けることのない街を。