第154期 #13

 いくらでも食べられる甘ずっぱさ。ほどほどにしろよと彼に言われる。だって好きなのだからと私は抗弁する。そのままの苺にチューブ入り練乳をかけただけをフォークで、若しくはぐずぐずに潰して牛乳に浸してスプーンで。私は出っ歯。前歯が金属にあたる感触が嫌でたまらないのでカトラリーの類は木製を使用。
 彼と、小中学校と同じだった幼馴染と一緒に暮らすようになったのは三十四歳になった年で、もう一年経過。男性で独身の異性愛者が同居するのは世間的に珍しい形態だと私は思った。しかし彼は慣例慣習など俄然等閑視、従来式居住形態には一切敬意不払、私との生活を始めた。いちいち親の諒解を取らずに済む年齢に達していたのはもっけの幸い。

「今日の夕は」
 というメールがバイト中の彼から昼に来る。茄子味噌が食べたいとか豚バラ煮で泡盛を呑みたいとか。彼はゲーム実況者という新しい職業が本業だが、週に二度は紙媒体漫画をモバイルアプリ閲覧用に電子化するアルバイトに出る。ゲーム実況者は喋りながらの自らのゲームプレイを撮影し、その動画ファイルをどこそこのサイトに掲載して金を得る仕事だが、収入の多寡はともかくそれでは太陽の光を浴びられないゆえ、外に出るためだけに副業をする。そして漫画で仕入れたセリフを、実況中に仕込むなど。
 私は働いていなかった。会社は辞めた。彼の代わりに家事をした。いつかインターネットが彼のような素人に飽きて、世界が彼を見捨てた時、私たちの生命はひそやかに抹殺されるのかもしれない。

 あまりに私が苺を食べすぎたせいかもしれない。冷蔵庫から苺を出してそのまま食べた時、その苺の中にタバスコを入れられていたことがあった。後で彼に聞いたら注射器で苺の赤い果肉の奥にすこぶる辛い液体を注入していたのらしい。悪戯されてもだえる私の姿は撮影されていて、やはりどこそこのサイトにアップロードされた。
「どれも毒苺かもしれないと怯える恐怖症になった」
 私は彼に言った。
 彼は笑った。
「動物の態度としては最もらしいじゃないか」
 火を怖がる獣の本能めいて、私は一度経験した恐怖がもう克服できない。
 家畜同然の幸せと彼は続けた。いつ打ち切られるか分からない保障だとしても、安全な生活に安穏としていたら人間は家畜と変わらない。昨日と同じ今日しか生きられない。
 文明批評家気取りの彼の一言に私はむっとするが、仕返ししてやろうにも彼は好物を持たない。



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