第153期 #6

夏=

太陽が照る8月中旬。彼は一生懸命に自転車のペダルを漕ぎながら国道沿いを突き抜けていた。彼の汗がポタポタとアスファルトに落ちる。吹き抜ける風がそぎ落としていっているのだ。しかし、彼は途中で鼻の辺りにも湿り気を感じる様になった。汗ではない妙な感覚が全身に走る。彼は右手でぐいっとそれを拭った。見ると、赤く鉄臭い液体がへばり付いている。鼻血だ。今すぐにでもちり紙でも鼻に詰めたいが、そんなことをしている暇さえも彼にはなかった。かまわずペダルを漕ぎ続ける。鼻血が風圧に負け地に叩きつけられている。彼が進んだ位置には血の道しるべが出来ていた。
先程、先生から電話が掛かってきた。「早く来なさい」と落ち着かない様子で言葉を発していた。
顔が塩水でぐしょぐしょになってきた。今になって後悔する。あの時もっとしていれば。こんな気持ちにさせられることもなかっただろうに。彼はペダルを思い切り踏みつけ走る。もう後悔しても遅い。時間は待ってくれないのだ。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょおおお・・・・。叫びたい衝動に彼は駆られ、全力で叫んだ。隣で歩いていた老夫婦が驚いてこちらを見つめてくる。そんな視線もお構いなしに彼は角を曲がった。目的の場所へ着く。もう皆来てるだろうなあなんてのんきなことを考えている場合ではない。自転車を駐輪所へ参謀に投げ込むと、全速力で入り口に向かった。中は静かだ。当たり前のことなのだが、彼に思考する力は残っていなかった。4階の部屋の前に着く。ガララッと扉を開けると、皆静かにしていた。先生が、こう告げる。









「午後14時46分、ご臨終です。」



・・母さん・・・・・・・・



Copyright © 2015 桜 眞也 / 編集: 短編