第153期 #5
立ちくらみのような感覚から覚めてようやく目を開けると、辺り一面は金色に輝いていた。何か金色のものが光っているというよりは、空気全体が金色に輝いていて、上を見上げれば龍の姿に似た雲がいく筋も流れている。遥か先には虹も見えた。が、これが誠におかしな虹で、ピンク色のアーチしか見えやしない。ピンク色の下はもう全てが白なのであった。
「そうだ、あいつは、あいつはどこいった?」
辺りを見渡したが、ここには男ひとりしかいなかった。先程まで目の前にいた連れの女はおろか、店員や他の客の姿もない。
(俺はどうしたんだ? 何で急に……。確かうどん屋にいたはずだったのに。昼飯、部下の山岡と一緒だったはず。まさか事故に遭ったとか。トラックか何かが店に突っ込んできた……。走馬灯なんて……見なかったが。死後の世界は居心地のいい場所だってのは、はなしには聞いたことあるが。ここは……なのか? 三途の川は果たして渡ったのか? それにしても……匂いだ……)
男以外誰ひとりいなかったが男は恐怖を感じなかった。むしろ、何だか温かくていい心持ちなのである。おまけに旨みのつまった匂いが男の鼻腔を心地よく刺激してくる。
「うまそうな匂いだなぁ」
男が匂いににんまりしていると突然地面が揺れて、辺りが空気ごと左右に揺さぶられた。揺さぶられたかと思うと急に風が吹いてきて(それは、風というよりも竜巻といった方が正解なのかもしれないが)男はあっという間にその風に吸い上げられてしまった。男の体はいとも容易く持ち上がった。
(あぁ、この嫌な感じ……、風が腹にあたるこの感じ……、小さいころ……、腹にあたる空気の圧力が怖くてブランコには乗れなかったなぁ……)
男は両手で腹を押さえ、そんなことを思いながら吸い上げられていく。男の体は既に龍のような雲にまで到達していた。男が目の前の雲に触ってみると雲には以外と弾力があって固くしっかりとしている。男はその雲と一緒に遥か上空に見える暗い穴の中に吸い込まれていくようだ。穴の周りには石英らしき白い岩石が規則正しく連なっているのが見える。
「俺はどうなってしまうんだぁぁぁぁぁ……」
男の意識は朦朧とする。意識のなくなる瞬間、男は悟った。
(あぁ、俺はうどんの中に落ちたんだな……)