第153期 #3
黄昏時、一人で暮らしていたアパートの窓を開けたら、
ひんやりとした空気を伴って、街の風が流れ込んで来た。
ここ何年も、便利な都会での生活に慣れ切ってしまい、
仕事場とアパートの往復を繰り返しているような生活にどっぷりと浸かっていたもんだから、
アパートの窓を開けた事なんて無かった。
まさか、こんなに気持ちいい空気が流れ込んでくるなんて…
その空気に誘われるかのように、僕は外へ出かけた。
久しぶりに見る、澄み渡るような空。
段々と夕焼けに染まってゆく西の空を見て、ふと、自転車を漕ぎたくなった。
夢中で沈みかける太陽を追いかけて、
太陽が遠くの山間に落ちる瞬間を見ようと、
周囲には人気も何もない川の土手の傍らに、自転車をほっぽって、
土手の上へと急いで駆け上がった。
太陽が稜線へと差し掛かり、一瞬、電球のフィラメントが切れるような眩しい光を放つ。
そして、その姿が失われてから程なくして、辺りはスーッと闇に染まってゆく。
闇に抗うかのように浮かび始める、遥か遠くに見える街明かりと、
肌寒さを感じさせ始めた空気が僕を取り巻く。
先ほどまで聞こえていた虫の音や鳥の囀(さえず)りも
まるで闇に吸いこまれたかのように聞こえない。
僕と言う自我の意識が、溶けて消えて行くような感覚に陥り、
あと少しで、何もかもが無くなってしまうような、
そんな事をふと感じた時に、急に意識は現実に引き戻され、
そんな空気に居た堪(たま)れなくなって、僕はその場所を後にした。
彩り豊かな街での暮らし。
普段から聞いていた都会の喧騒。
それは人が存在している事の証明(あかし)。
無くなって気付く、周囲との関わり。
改めて思う、僕の小ささを。
彩りや音は僕に想像をかき立たせ、
生きる力を呼び起こしていたんだ。
夜の到来を告げる風が、僕を導くために、あえて闇を晒して見せてくれた。
僕のいる世界は、静寂と寂寥の世界で出来ているんだって事を。