第153期 #17

祓魔師

寝間の襖が音もなく開いた。
座禅を組んで瞑想中の主は、ゆっくりと目を開けて咎めるように言った。
「何じゃ、おぬし」
姿を現したのは神職の装束に身を包んだ若い男だった。
「失礼。急ぎの御用があったものですから」
澱みない動作で戸を閉め、座っている部屋の主の側に立った。
「邦長の三蔵殿ですね」
「まじない師が何の用じゃ」
邦長がぎろりと上目でにらむ。
装束の男は油断なく柔らかい表情を保ちながら指を組んで話し始めた。
「少し長くなるかもしれませんがお聞きください」
邦長は表情を変えず黙っている。
「今では思い出すものもおらぬが、ひと昔前、この国は誇り高き将によって率いられていた。それが慎之介さまです。ところがあるとき帝の軍が押し寄せた。和睦の道を探るべしとする者も少なくなかったが、慎之介さまは徹底抗戦を唱え、反対するものを弾圧し、殿の意向をも自分に振り向けさせることに成功した。今となっては慎之介さまの真意は分かるはずもない。真に国を守る正しい行ないのつもりだったか、蛮勇を示しただけなのか、地位に固執するためだったのか。結果的にそれは無謀ないくさでした。各所各人の戦では勝ちもしたが、圧倒的な帝の軍勢にもみつぶされて、双方に甚大な被害を出していくさは終わった。この国は帝のものになったのです」
装束の男は指を組み換えた。邦長は黙っている。
「帝は善政を敷きました。それもあって民衆はすぐに新しい主の方についた。それどころか殿までが許された。帝に逆らったのは慎之介であるとして、責任を一身に背負い、慎之介さまとその一派だけが成敗されたのです。慎之介はさぞ無念であったでしょうな」
邦長はにやりと口を歪めた。
「わしの生まれを探ったか」
「三蔵殿は慎之介さまの血を引く唯一の生き残り。だがそれでどうということではない。わたしがまいったのは慎之介さまの怨念に取りつかれた三蔵殿を救うためだ」
装束の男は印を結んだ両手を邦長の頭頂に覆いかぶせた。
とその瞬間、装束の男の身体は宙を舞っていた。邦長が座禅の姿勢から片手で体を支えて足払いをかけたのだ。
装束の男はわき腹からどうと床に叩きつけられた。
「慎之介の悪霊よ。反乱の軍は何のためだ。お主が怨んでおるのは誰だ。帝か。それともお主を売った殿の末裔か。簡単になびいた民衆どもか。再び戦乱をまきおこして苦しめたい相手は。だがそこに大義はないぞ」
邦長は鼻で嗤って頭を踏みつけた。
「曲者じゃ。であえ」



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