第153期 #18
早稲田大学戸山キャンパスには華がない。
早大と聞けばおそらく大抵の御仁が真っ先に、大隈重信像や演劇博物館、大隈講堂のそびえ立つ、風格溢れる早稲田キャンパスを想像されることだろう。その広大で、伝統を感じさせつつも近代的にして絢爛な佇まいたるや、まさに夢のキャンパスライフの到来を予感させるに足る早稲田の象徴。心なしか学生たちの顔には笑みと自信が満ち、銀杏並木の一本一本にまで希望が宿っているようにさえ思われる。
ところがどうだろう。文学部と文化構想学部の学生が学ぶ通称文キャンたるこの戸山キャンパスは、まるで『活気』の二文字とは縁遠いのであった。
オフィスビルのごとき無味乾燥な校舎群がただただ乱雑に立ち並び、狭い敷地内に数多の学生たちが押し込められたその様相はまさにコンクリートジャングル。女学生の多さばかりがやけに目立ち、特に肩身の狭い我々男子たちは皆一様に疲れきった表情で息を潜めている。
期待に胸を膨らませていた入学式は悠久の彼方。まさに今この胸に残る感情は虚しさばかり。純朴ないち新入生たる私にとって、それは絶望以外の何物でもなかった。
かくして過酷な学生生活を強いられた私であったが、失望とともにある種の疑問を感じずにはいられなかった。梶井基次郎は桜の木の下には死体が埋まっている、それが桜の美しさの秘密だと述べたが、それならばこの味気なさ極まる戸山キャンパスの下には何が埋まっているのだろうか、と。
文キャンの隠れた名所、パンショップミルクホールから33号館前広場につながる階段、通称『シンデレラ階段』の前で私はスコップを片手に決意を固めていた。今日こそこのキャンパスの秘密を暴き、積年の恨みを晴らしてくれよう。
渾身の力を込めてスコップを振るう。思っていたよりも手応えは軽かった。土をすくう度、湿っぽい青臭さが鼻につんと徹えた。
しかし、掘れども掘れども、何が出てくるわけでもない。終いには手が鉛のようになってしまった。本当は、戸山キャンパスの下に秘密などないのではないか。そう考え始めた頃だった。スコップの先が、何かに当たった。
注意深く周りの土を取り去ってみると、何やら黒い毛玉のようなものが埋まっている。なるほど、確かにこれは不気味で、いかにもこの地味なキャンパスの元凶であるように思われた。
もっとよく見てみよう。手にとって裏返してみて、絶句した。
それは、私自身の首だった。